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昔の作家は夜型、今の作家は朝型

7時に起きるか、7時に寝るか?

先日、五木寛之さんと田原総一朗さんの対談本を読んでいて、五木さんが自身のライフスタイルについて言及されるくだりがあった。

五木さんは執筆は深夜が最もはかどるとのことで、毎朝7時に就寝して、夕方4時に起床する生活をされているという。

午後4時に起床? 朝の4時ではなくて? 作家さんには執筆の進捗具合に合わせて、独特のライフスタイルを送られている人が多いけれど、これには少し驚いてしまった。この暮らし方だと、役所とか銀行とか郵便局とか、午後3時で閉まるような場所へはどうやって行くのだろう? 世の一般の人々が一日の仕事を終えるような時刻に起きるのだから、生活において様々な不便は生じないのだろうか?

しかも五木さんは80歳代のご高齢である。ご老体と言っては大変失礼だけれど、若者が夜更かしをするのとは同じ具合にはいかないような気がする。つまり、そんな昼夜逆転の生活でよく体力がもつなあと、率直に思う。

じつは五木さんの他にも、夜型の作家さんは世の中に多く存在していて、朝、執筆を終えて寝ようとしたら鳥の声がうるさくて苛立ったとか、編集者さんに仕事の電話を夜中の3時にかけてと頼んだ(その時間帯が一番頭が冴えているから)など、夜型エピソードは尽きない。

しかも、夜型の作家さんにおおむね共通するのは、みなさま大酒飲みでタバコ愛飲家でもあることだ。

お酒が好きで、煙草を吸う夜型の作家さんは、ベテラン作家さんであることが多く、年齢は40代後半以上の方々が多い。

正確な統計を取ったわけではない。たんに私の経験から、断言しているに過ぎない。私は長いこと創作学校に通っていたのだけれど、そこで知り合う先生たちは、60歳70歳を過ぎているのにお酒に強く、夜型で、授業を夜9時に終えてから、空が明るくなるまで生徒たちと飲み明かすということを繰り返されていた。私も20代の頃は、そんな作家先生たちとお付き合いさせていただき、濃密な文学の話を朝までご教示いただいた。

しかし30代になると、徐々に体力が持たなくなって、寝ずに文学の話をした翌朝にはぐったりと疲れが出て、その疲労感が数日も続いてしまうようになった。先生方は私よりもずっと年上なのにお元気で、夜が深まれば深まるほど、会話が活気づいていった。そして驚くほど大量のお酒を呑まれても、しゃきっとしていて、翌日の夜も同じことを繰り返された。

あの体力はいったいどこから来るのだろうかと、私は驚きと尊敬と呆れが入り混じった感情で、酒の席に同席させてもらっていたが、そんな交流を続けるうちに、いよいよこちらの体力の方に限界がきてしまった。文学の話を熱く語る先生方が吸い続けるタバコの煙も、私の体調を悪くした。互いの顔が煙でかすんで見えるほどで、私は受動喫煙で死ぬかもしれないと本気で危惧した。

私も先生方に負けないほど創作を愛していたけれど、お酒、タバコ、夜型のトリプルパンチは、私の体力を徹底的に奪った。私はとうとう自身の健康を取り戻すために、先生方と疎遠にすることを決めたのだった。

私が創作学校を辞めたのと時を同じくして、世の中では、はあちゅうさんや、イケダハヤトさん、評論家の宇野常寛さんなどが注目されるようになっていた。彼らの登場の何が私を驚かせたかというと、その創作の内容以上に、彼らのライフスタイルだった。

はあちゅうさんは、執筆はすべて午前中に行い、午後からはミーティングや講演会の登壇などをされているという。早く寝て、早く起きるという生活である。イケダハヤトさんは、空気の良い高知に住み、農業をされて、食事も手作り、とても健康的な生活を送られているというのは、広く知られるところだ。宇野さんは、お酒を飲まず、タバコも吸わず、毎朝9時になると、ご自身のTwitterで「おはようございます」とフォロワーに向けて挨拶してくれる。

こんなふうに朝方の作家さんもいるのだと知ると、夜な夜な、お酒の匂いとタバコの煙にまみれていた今までの私は何だったのだろうかと、愕然とした。

今まで、作家はみんな夜型の人間だと思い込んでいた。夜型にならないと、創作活動はできないものと思い込んでいた。

「あらゆるインスピレーションは夜から生まれるんだよ」

「酒とタバコは作家の友達だ」

と、先生方の多くはそう言っていた。

愚直にも私はその言葉を信じていた。60代の先生がお酒を浴びるほど飲みながら、真夜中に嬉々としていられるのに、まだ30代の私がダウンしそうになったら情けないと、自分に言い聞かせて無理をしていた。今振り返れば、まったく無意味な思い込みであった。

なぜなら、はあちゅうさんのように、朝日とともに執筆している作家さんがいるではないか? お酒を飲まず、タバコも吸わなくても、書いている作家さんがいるではないか? 健康的な暮らしは執筆の妨げにはならない。そう、きっとインスピレーションは、夜とは関係がないのだ。私は初めて、目が覚めた思いがした。

だからこれからは、思い込みを捨てて、自分が最も快適だと思う時間に机に向かう。明るい日差しときれいな空気が、私にインスピレーションを与えてくれることを願いながら。

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