外食産業で働いてみたら、聞いていた以上にブラック労働だった
私は最近、ウェイトレスとして働き始めた。家族の介護や小説の執筆と両立させるため、自宅近所のファミレスで働いている。
そもそもウエイトレスを始めようと思ったきっかけは小説であることを、以前のnoteに書いたので、時間がある方は一読して頂きたい。といっても今回の話題は小説ではなく、私が雇用されてすぐに実感した外食業界の深刻さである。
ブラック労働を強いられているのは、学生よりも主婦
ファミレスでバイトと聞くと、若者のイメージが強いが、実際は学生1割、主婦9割だ。これは若者人口が減っているためと、その少ない若者の方がバイトの選択肢が広いために、ファミレスに応募してくるのは、大半が主婦だ。主婦といっても、30代はまだマイノリティで、40代後半、50代、そして60代半ばの女たちが、店長よりもたくましい働きぶりを発揮して店を回している。
朝の7時に出勤して店の鍵を開け、料理の仕込みをして、昨夜のお客さんの食べ残しを片付けて、店全体の掃除をして、金庫のカギを開けてお金をレジに入れる。皆バイトの身分でありながら、店舗の大切な鍵を渡されて、店の戸締りや金庫の管理、売上金の計算、食品業者と連絡のやりとり、さらには新たに応募してくるバイトの面接など、責任ある仕事を担わされていた。
というのも、チェーン店のファミレスでは、どこも正社員はたいてい店長だけなので、昨日雇われたばかりのバイトでも、すぐに正社員と同じ働きをしないといけないのだ。
1日10時間店に立つ人もいるし、週5勤務も当たり前。連続10日勤務を余儀なくされた主婦が、勤務日数を減らしてほしいと店長に願い出たら、「減らせないから、代わりに労働組合に入ったらどうか」と言われた。本社の組合に入ったら、今より時給をあげてやると言う店長の申し出を、彼女はすぐに断った。組合なんかに入ったら、今よりさらに働かされる。家事や介護や子育ての合間に働きたいと、この仕事に応募したはずなのに、今ではすっかりファミレスが家庭での時間を凌駕していた。
バイト募集の広告にあった交通費支給の文言も、面接時にはNOと言われた。なぜなら当社では、3か月続けられたら時給を10円、1年続けられたら50円上げるシステムがあるから、交通費は出さないという、あまり理屈になっていない理由からだった。
日常生活をファミレスに持っていかれることで、皆、明らかに疲弊してきていた。特に、気の毒に思うのは、60代に差し掛かろうとする年齢の主婦たちで、彼女たちは子育ても終えた世代だから融通が利くだろうと、いつでも店に駆り出されては、キッチンで7時間立ちっぱなしで料理を作らされた。
主婦歴が長いほど料理歴も長いから重宝されるのか、調理担当なのは50歳より上の女たち、50歳以下はウェイトレスが主だった。といっても調理師免許を持っている人は誰もいない。そのことを店長にそれとなく指摘してみると、あっさりした口調で「免許なんか持っている人、どこの店だっていないよ」と言って笑われた。
中年の主婦たちは外食業界にとって都合が良いのだろう。学生のように受験があるわけでも就活があるわけでもなく、いわば制約が何もないと思われているのだ。子育てや介護だってじつはかなりの制約だと思うのだが、企業にそのような理解はない。
先週も同じシフトになったウェイトレスが風邪をこじらせて、ひどい咳をしていた。子供の風邪をもらってしまったのだという。子供の看病で先週仕事を急遽休ませてもらった時に店長に叱られたから、今度は自分も休みたいとは言い出せない。彼女はそう言って、お客さんの注文を取る時は咳をうまく押し込めて、カウンターに戻ってくると、立っていられないほどひどく咳き込んで、床にしゃがんでしまった。彼女はこんな咳がバレたら店長に汚いと怒られるからと(確かに、彼女の体調での接客は衛生的とは言い難かった)咳を無理やり飲み込もうとしたのか、カウンター下で一時、呼吸困難のような状態になってしまった。彼女はその日は5時間店にいて、翌日も翌々日も出勤した。
ここまで書くと、まるで店長だけが狂犬で、バイトたちを苦しめているように思われるだろうが、じつは誰よりも早く体力の限界で倒れたのは店長の方だった。ある日、出勤しない店長を心配して自宅に電話をかけたスタッフが、奥様から夫が昨夜からベットに眠ったまま、どんなに揺すっても起きないのだという返事を受けた。
考えれば、店長が唯一の正社員であり、私たちバイトの教育もしながら、接客も調理もしていた。少ない人員で店を回そうという労働体制を改めなければ、皆が肉体的にも精神的にも疲弊していくだけになり、肝心の接客も料理提供も皆が疲れているためにスローになり、結果、お客さんに与えるイメージが悪くなる。人件費の削減が企業に良い影響を及ぼさないことに、いいかげん気づいてほしい。
この労働体制を改めないのは、企業の経営的な理由だけでなく、もしかしたら、主婦だからできるだろうという、企業側の思い込みもあるのかもしれない。ファミレスでの仕事は、主婦にとっては料理や後片づけといった日常の延長にあるもの。おばさんならば、忙しくても、そのくらいやれるだろうと思われているようだった。
私が雇われたこの店は、多くの人が耳にしたことのあるチェーン店で、他店舗の副店長などが、こちらの店長が本社の用事で不在の時に、バイト教育にやってくる。その時の彼らの態度が、どこか女たちを見下していると感じさせるような態度だった。
私たちに向かって怒鳴る、なじる、罵声を浴びせるの連続だったのだ。
そんなこともできないのか。それさっきも言ったぞ。二度言わせるな。それくらいできるだろ。
特に、ひどく罵声を浴びせられていたのは、調理担当の主婦たちで、彼女たちの年齢は正確には知らないが、外見から見て皆70歳は越えていた。50代の男が自分の母親ほどの年齢の女たちに向かって、怒鳴り散らしている様子を見た時は、正直、唖然とした。彼女たちは結局、仕事をやめていったが、ただでさえ足りない人員から3人も調理担当が減ったことで、私たちは打撃を受けて、さらに労働環境が厳しくなった。
いくら給仕や調理が主婦の日常生活に似ているからと言って、それはあくまで似ているだけであって、まったく同じではない。家庭では見知らぬ他人に皿を運ばないし、見たこともない業務用の大きな鉄板の上でハンバーグは焼かないのだ。
おばさんだから、お婆さんだから、何でもやれるだろう。企業がこのような設定に立っているかぎり、ブラック環境は今後も変わらないだろう。
この記事を読んでくださった方の中にも、似たような経験をされている方がいらっしゃると思う。こんなの甘いよ、もっと厳しいバイトもあるのだと思う方がいらっしゃるなら(いらっしゃると思うが)日本はこのままいくとマズいことになると、言いたい。皆が我慢を重ねて日々を過ごすのではなく、労働もプライベートも適度に楽しめる社会にしなければ、10年後20年後の未来も見えてこないと思うからだ。
読んでくださりありがとうございました。