1ST KISS雑感
ゴリネタバレ
あの日言えなかった「行ってらっしゃい」と「行ってきます」が言えた。それをカンナはなんとも思わない。駈だけが、その現実を噛み締めている。それが最後の会話になるとわかっていたから。
だけど、愛に満ちた、どころか溢れた手紙には、「おはよう」も「おやすみ」も「おかえり」も、あの日だけは言えなかった「ただいま」も、「ありがとう」も、全部書いてある。いつも君を思っているよ。だから君も僕を思っていてね。君の中で僕はずっと生きているよ。そう願うように、書き残している。
駈はどうしたってカンナを好きになってしまうし、カンナも駈が好きだと再確認してしまう。二人が出会わなければ駈は2024年7月10日に死なずに済んだかもしれない。だけど、それをわかった上で、その運命を背負いながら、駈は15年前のカンナと出会って恋をして、結婚することを選んだ。そして運命を知っている駈は、残りの15年間、ずっとカンナのことを見つめ続けた。暖かい腕で抱きしめた。一緒のベッドで眠り、起きた。向かい合ってご飯を食べた。にこやかに会話をした。自分の命を犠牲にしてまでも、カンナに愛情を注ぐことに一生を懸けたのだ。
タイムトラベルのことを知った駈は、それでも自分は線路に降りると断言した。なんて愛に満ちた人なのだろう。44歳の駈と29歳の駈の愛の形は決して変わっていないのだ。変わっていなかったのだ。そんな駈が、"本来の"世界線でカンナを愛しきれなかったのはどうしてなのだろう。疲弊していたのだろうか。自分の好きな学問に没頭できず、フラストレーションが溜まっていたのだろうか。結婚って、そんなにうまくいかないものなのだろうか。何がどうして、二人の空気を冷たくさせてしまったのだろうか。歯車はいつだって、知らず知らずのうちに狂い始める。
死で愛を再確認することほど残酷なことはない。もう愛をくれる人も、与える人もそこにはいないのだから。まさに"大切なものは失ってから気づく"。生きている間の空想でなら、いくらでも強がれる。「あんな奴、死んでくれたらせいせいするわ!」って笑い飛ばせる。でも、本当に死んでしまったとして、絶対にいつかどこかで後悔は残るものだと思う。失ってからでは遅いのだ。そんな、もはやありきたりな言葉に着地するまでが、キラキラと美しく、ファンタジックで夢のような、そんな物語。
人生は後悔だらけだ。後悔のないように生きるなんて土台無理な話。日々は選択の連続によって作られていく。となると、選ばなかった方の道を想っては悔やむことだってあるだろう。私たちが生きている世界において、タイムトラベルなんて不可能。過去に戻って人生をやり直すなんて不可能。所詮は映画の、ファンタジーな世界の話。
でも。だけど。
人を、モノを、何かを愛することはできるはず。粗探しではなく、きらめく何かを見つけることはできるはず。日常の何気ない瞬間を取りこぼさないように、注意深く生きることも、きっとできる。
大丈夫。未来は変えられる。