歩けなくなっちゃうから#未来のためにできること
91歳の母は今でも家事のほとんどを担っている。共働きの息子夫婦を助けようというそんな殊勝な理由ではない。まず、家事は女がやるものだと思っている。そして、嫁は姑に従うものと思っている。だから、自分は嫁を仕込むのだと言っている。でも、自分でやらないと気が済まないからやっていると言うわけである。実に面倒な人である。
頼まれてもいない家事を勝手にやっているにもかかわらず「嫁は何もしない」と文句を言う。若い頃のように身体が自由にならない中で行う家事には時間がかかる。特に洗濯に関してはやたらに時間をかけている。洗濯機を回し、干し終えても乾くのを待つことができない。干したものを裏返して干し直す。太陽の動きに合わせて移動させる。だからいつまで経っても洗濯が終わらない。朝から洗濯を始めてお昼が過ぎてもベランダに居続ける。ついには「ああ疲れた。今日はまだお昼も食べてない」と忌々し気に言う。そんな母の様子を見る度に私は「だから、やらなければ良いじゃないの」と言ってみる。だが母は「私がやらなけりゃ誰がやる」と言い放ち、嫁は何もしないと悪者扱いする。そんな母に弟夫婦は「自分がやらないと気が済まない人だから」とお手上げ状態だ。
ある日も母に会いに行ったらいつものように洗濯をしていた。そして「ああ疲れた。まだお昼も食べてない」と言う。だから私は決まって「やらなければ良いじゃない」と言ってみる。だが、聞こえないのか聞こえないふりなのか「私がやらなきゃ誰がやるもんか」と、いつものやり取りになる。そんな不毛なやり取りが繰り返されたある日、母が「だって、やってなけりゃ歩けなくなっちゃう」とボソッと言った。私は少し驚き、少しだけ安心し、そして、とても複雑な気持ちになった。
母は、炎天下のベランダで洗濯をしている。そして「バタンてね、声かけられるまで気が付かなかった。ベランダで倒れてたみたい」と、心配させる事を言う。私は驚くと同時に母の意図を探ってしまう。そしてやっと出た言葉は「だからもう辞めなさいよ」だけだった。すると「私がやらなけりゃ誰がやる」と、また不毛なやり取りが始まる。
わかってるよ。動けなくなるのが嫌なんだよね。寝たきりの生活は嫌なんだよね。でも、転んだら寝たきりになっちゃうよ。ま、いくら言ったって聞くような母ではないけれど。せめて「動けなくなるの嫌だから」って素直に言えば良いのに。憎まれ口ばかりの母。