パンドラの箱
ヘッドホンから流れるDoja Catの”Say so”。
70年代を彷彿させるような
どこか懐かしいリズムの曲。
今の気持ちを委ねるにはもって来いだろう。
耳から聞こえてくるディスコ調のリズムに
とにかく集中した。
今までに幾度となく聞いてきた曲を
”何も考えまい”と全身の神経を尖らせて聞き続ける。
保安検査場を抜けて
右に目線をおくると
さっき別れたはずの彼が正面をじっと見つめて座っていた。
私は思わず電話を手に取った。
ガラス越しに手を重ねちょっとした会話をする。
しかし数秒後、私は逃げるようにその場所を離れた。
物理的距離はとても近い。
ぬくもりを感じることも触れることもできない
ガラス1枚隔てている現実が無性に苦しかったのだ。
可能な限り遠く端へ向かって歩き出す。
彼の姿を、無理矢理視界から遠ざけた。
さっきまでは名残惜しかったはずなのに、
とにかく一刻も早く離れたかった。
できるだけ距離を伸ばして、
何とも言えないこの虚しさをどうにかしてごまかしたかったのだ。
言葉にしがたい湧き上がる感情と、今にもこぼれそうな涙をぐっとこらえながら
私は駆け足で飛行機に乗り込んだ。
離陸してしばらく経ったころ、座席の下に置いた紙袋を取り出す。
サテン生地の細いリボンをゆっくりとほどき、黒い正方形の箱をそっと開けた。
マゼンタピンクのバラをふんわりと包み込むように、
淡い紫とピンクの花が箱全体に広がる。
私は無言でじっと見つめそっと手で触れた。
何度も何度も大事に優しく撫で続けた。
枯れることのない花をギュッと胸に抱き肩を震わせ、
ふぅーっとゆっくり息を吐く。
そして、目を閉じ、ずっとこらえていた涙を流した。
ふと窓の外を眺めると、
家や車がだんだん大きくなり、人のシルエットが確認できる。
飛行機はもう間もなく着陸する。
4日前まで当たり前のように過ごしていた、日常の足音を感じた。
深く深呼吸をしたあと、
私はイヤホンから流れる音楽を、そっと止めた。
”また会える”
その日がくるまで
私はまた、前を向いて歩き始める。
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