来年の1月21日でロシア革命(1917年)を指導したソ連の祖、レーニンの死去から100年になる。そのレーニンをプーチン露大統領は憎んでいるといえば意外だろうか。
プーチン氏は91年のソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と称してきたことで知られる。しかし、レーニンのことは嫌悪し、続く独裁者のスターリンを高く評価しているのだ。
今月14日にモスクワで行われた記者会見と対話行事でも、プーチン氏は侵略するウクライナ南部・東部に触れた中で述べていた。
「レーニンはかつてソ連形成の際に全てをウクライナに与えてしまった。…しかし、南部・東部は親露地域であり、私たちには大事なのだ」。プーチン氏はこう語り、まだ占領していないオデッサなど他の黒海沿岸地域にも触手を伸ばす構えを見せた。
プーチン氏はこれまでも痛烈にレーニンを批判してきた。
2021年7月にプーチン氏が発表した論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」では、レーニン率いるボリシェビキによって「ロシアは強奪された」と断じた。
「今日のウクライナは完全にソ連時代の産物だ。それはかなりの程度、歴史的なロシア(の領土)によってつくられた」
今日のウクライナ領は18世紀末、ポーランド分割や露土戦争を受けて約8割がロシア帝国の支配下に入った。中でもプーチン氏は、敬愛するエカテリーナ2世が露土戦争で獲得し、ノボロシア(新ロシア)という行政区画を置いた黒海沿岸地域に思い入れを持つ。
ロシア革命後、これらの地域を含む形でソ連内のウクライナ共和国が設けられ、ソ連崩壊によって独立を果たした。プーチン氏はこれを許せない。ウクライナはボリシェビキによって作られた人為的な枠組みであり、存在理由がないというのが彼の主張だ。
ソ連の草創期、レーニンと民族問題担当の人民委員(閣僚)だったスターリンが「国家(連邦)の形態」をめぐる論争をし、各民族共和国に連邦から「離脱する権利」を与えるレーニン案が通った。
レーニンは当時、各地での民族主義の高まりを目にし、それに配慮する必要があると判断した。プーチン氏はしかし、共和国の離脱権をレーニンが埋め込んだ「時限地雷」と称し、それがソ連末期の民族問題噴出やソ連崩壊につながったと批判する。プーチン氏の目には、レーニンの死後に徹底的な中央集権化と「ロシア化」を進めたスターリンこそが正しいのだ。
プーチン氏の考える「偉大なロシア」は、ロシア革命とソ連崩壊という20世紀の2度の革命によって毀損(きそん)された。その「偉大なロシア」を回復せねばならないというのがプーチン氏の思考回路である。
しかし、ロシアとウクライナは、1991年12月の独立国家共同体(CIS)創設条約や97年の友好協力条約、プーチン氏自身が署名した2003年の国境条約などで国境とその不可侵に合意している。プーチン氏の身勝手な論理は断じて許されず、それがまかり通れば国際秩序は崩壊する。
米国などによる国際支援が細り、ウクライナが苦境にある今こそ、この侵略戦争の本質を改めて肝に銘じなくてはならないだろう。(論説委員)