この会社は現在、どんな映画を配給しているんだろうと興味を持った。で、調べてみたところ、『コール・ジェーン-女性たちの秘密の電話-』が今日、2024年3月22日(金)公開と書いてあった。
きっと、これもなにかの縁。早速、見てきた。
結論、とんでもない傑作だった。
舞台は1960年代のアメリカ。妊婦のジョイは体調不良で倒れ、医師から原因は胎児が心臓を圧迫していることにあると告げられる。母体を守るためには中絶をするしかない。ジョイは悩みつつも、中絶の決意を固める。
当時、アメリカで中絶は禁止されていたが、やむを得ない事情があれば可能だった。そこでジョイは担当医と一緒に病院の理事会に参加。許可を得ようとしたところ、ずらっと並ぶ全員男なお偉いさんは「認められない」の一点張り。信じられない……。
このままだと命に危険が。ジョイは必死に他の手を探す。精神科で心神喪失を偽ってみたり、階段から落ちてみようとしたり、治安の悪い地域の怪しい病院に行ってみたり。でも、うまくいかない。
すっかり、絶望の淵に立たされたとき、路上である張り紙を見つける。
「妊娠? 助けが必要? ジェーンに電話を」
こうしてジョイは望まぬ妊娠をしている女たちを救うため、草の根的に活動しているジェーンと出会う。
ジェーンが提供する中絶手術はもちろん違法。しかし、望まぬ妊娠で苦しみ、悩み、亡くなる人たちもいる現実を前に、法的な正しさはあまりに空虚。従ってなどいられない。
中絶を終え、ジョイは命の危機を脱し、その必要性を強く実感。これまでは伝統的な良妻賢母として生きてきたけれど、社会を変えるために頑張りたいと一念発起。家族に秘密でジェーンの協力者となる。
こうして中絶が法的に禁止されることの不合理さが描かれ続け、物語は1973年のアメリカ連邦最高裁が中絶の合法判決へとつながっていくのだが、お察しの通り、これは実話がベース。現実にジェーンは60年代後半から70年代初頭にかけて、強制捜査が入るまで推定12,000件の中絶を助けたというから驚きだ。
この12,000件という数字を多いと見るか、少ないと見るか。ジェーンがアンダーグラウンドな存在だったことを感があれば、きっと、救えなかった人がその外側にもっとたくさんいるのだろう。
つくづく、中絶が合法化してよかったと思う。そして、そのために命懸けで戦ったジェーンたちは本当に凄い。
なのに、再び、アメリカでは中絶が禁止され出している。もし、次の大統領選でトランプが当選したら、その動きは加速すると言われてもいる。
背景には、アメリカの人口の多くを占めるキリスト教福音派とカトリック保守派の影響が大きいとされている。聖書では、あらゆる命が神の創造によるものであるから、中絶は神に反する行為であり、絶対に許されないんだとか。
これはかなり恐ろしい考え方で、仮にレイプで妊娠した場合でも、神が胎児を創造したとみなされ、レイプ被害者である女性の意志は無視されてしまう。
つまり、聖書は中絶を殺人と定義している。母体となる女がその妊娠を望んでいるか、望んでいないかは関係ないのだ。
対して、中絶を肯定する側は母体の意志を重要視している。人権思想に基づいて、すべての人が自分の身体について、自己決定ができると考える。いわゆるリプロダクティブ・ライツであり、「私のからだは私のもの」「産む・産まないは女性の自己決定」という言葉がこれを象徴している。
このとき、問題になるのは胎児の人権。言葉が話せない以上、胎児の意志を確認することはできないけれど、仮に生まれたがっているとしたら、中絶はその権利を侵害することになってしまう。
そのため、長いこと、中絶にはやむを得ない事情が必要であると思われてきた。例えば、レイプによる妊娠だったり、出産によって母体の命が危険に晒されると予想される場合だったり。日本でも中絶のため産婦人科に行ったら、妊娠した理由を聞かれ、医師から説教されたという話はよく聞く。
日本人女性の中絶経験率は10.4%である。10人に1人。かなりの割合だ。身近なところにいるはずである。