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【三題噺】湖の伝説

三題噺とは、三つのランダムなお題から即興で話を作る落語の演目の一つです。ショートストーリーとして三つのお題からほぼ即興で書きました。

【お題】
一、鷹の爪
二、ホテル
三、湖


私は、田舎の農村で、鷹の爪を作って三十年の鷹の爪農家だった。
『鷹の爪』は、唐辛子の中でもポピュラーで、これまでの仕事ではこれといって困ったことも無く、順調に妻と子供二人を養えていた。
しかし、先週東京の企業から男がやってきて、この農村を開発し、観光地化する話を突然聞かされた。この話は村役場とも、もう話は着いていて私たち農家たちの引越し場所や開発後の就職先の話もされた。すべて根回し済み。拒否もできない。私も含め、農家達は為す術なく、村役場やなんとか企業に従う道のみを提示されたのだ。
その話を聞いた後、私は部屋で一人になった。私はだんだんと企業に怒りが込み上げて仕方なかった。三十年家族と暮らし、鷹の爪の仕事を続けた大切な場所を奪われるのだ。私は育てた鷹の爪をあの男の顔に投げつけてやろうかと思った。刺激で目潰ししてやりたい。ただ、私にはそんな勇気はなかった。この流れに身を任せることしかできない。私は頑固な性格でもないし、
農家達を率いて反対活動を起こすような行動力もない。今まで淡々と鷹の爪の育ちだけを考えて仕事をこなし、近所の農家達とも上手いこと人間関係をこなしてきた空気を大事にする人間だった。今では、そんな自分さえ憎
いのだが・・・。
なんとか企業が渡してきた企画書をめくる。
近所の無名な湖が、海外のインターネットで話題になっていることから、その周りを観光地として整備して、海外からの観光客を迎えようということだった。未来予想の図を見ると私の家の鷹の爪の畑はホテルの図が描かれ
ている。これまでの三十年が一年半でホテルになる予定。私はため息をついて、床に大の字に寝そべった。
『あの湖の何が話題なんだ?』
私はインターネットに疎い。まだ使っている携帯電話はガラケーだ。上京した娘に変えるように言われてはいるが、電話さえあれば道の駅やどの売り場にも連絡は取れるのだ。必要は無い。
いってみよう。今では憎き、謎の人気の出た湖に。インターネットで話題になる理由が分かるはずだ。私は外に飛び出し、湖を目指していつも使っている軽トラックを走らせた。
もう、外は夜中の零時を回っていた。
湖に着いた。
真夜中で辺りは真っ暗で何も見えない。ただ、湖の水がざざーっと静かな音を立てているだけだ。何が話題だ。ただの湖め。
私は軽トラックの荷台に乗っていた明日出荷予定の鷹の爪の箱を一箱担いで、鷹の爪を一掴みし、湖に投げた。あの男や村役場に投げつけられない恨みをこの湖にぶつけてやる。
だんだんと私は調子に乗っていき、明日の出荷予定の物とも考えることなく次々と憎しみを込めて投げつけていった。
その時だった。
『こんな上手いもん初めてだよ・・・』
どこからか、声が聞こえた。私は驚いて後ろを見た。誰もいない。耳をすましても湖のざざーとした音だけが響いている。
私は急に怖くなって軽トラックに乗り込み家に帰った。


三日後。
企業のあの男が私の家にやってきて前とは違った腰の低い態度でやってきた。私はその男の話を聞き、驚いた。

一年半後。
村は開発され、あっという間に観光地としての姿に変わった。
私はというと、同じ場所で鷹の爪を育てている。敷地内には、企業のホテルが建っている。
その名も『takanotumehotel』
売り場はそこの専属になったが、売上は格段にあがった。そのホテルに泊まった観光客すべてが買っていくのだ。
・・・湖に投げるために。
ここが観光地化した原因。
それは、湖の主の声がしたという海外観光客のオカルト動画が噂話で海外で広まったからだった。企業はそれに目をつけ、湖のライブ動画を二十四時間ライブ配信。そんな中、私がのこのこと現れ、鷹の爪を投げるところ
も恥ずかしながら全世界生中継されていた。
そして、主は目覚めた。
今まで単なるオカルトだった主が本物の怪物となって現れたのだ。ただし、鷹の爪をあげることによって喜ぶという、私にとってはありがたい主だった。そこで、鷹の爪が好物だということを知っていたと勘違いされた私
は企業から特別待遇を受け、今に至る。
私は、毎晩夜中にこっそり軽トラックであの湖に行く。酔った観光客の声が遠くでするが、主の声は何故か私にしか聞こえない。鷹の爪を投げて挨拶だ。

ぼちゃん。
『おぅ、おまえだな。』
「そうだよ。疲れてないか」
『なに、大丈夫だ。おまえのほうはどうだ?』
「経営に関しては何も分からん。ホテルから金がもらえてるからまぁいいよな、主のおかげだよ」
『人に上手いように使われるなよ。おまえはそういうの苦手そうだ・・・』
「人に利用されてる主がそれを言えるのか?ははっ」
『まぁ、そうだな、今は好きなもの貰えてるから機嫌良くしてやってるよ』
「そうか。・・・そういえば主の嫌いなものってあるのか?」
『さぁ、なんだろなぁ・・・』
「ははっ主のそういうのんびりしたところ・・・」


ばっちゃーーーん!!
大きな物が湖に落ちた音がした。遠くで聞こえていた観光客の声も楽しげではなく、不穏なものになっている。
・・・人が湖に落ちた。
『そうだ・・・この匂いだよ・・・』
いつの間にか、主の口から人の腕が見えている。主がぐぐぐっとだんだんと大きくなっていく。
まずい。
「主!待っててくれ!今、鷹の爪をっ!!」
私は大慌てで軽トラックから鷹の爪の箱を持ち上げ振り返ると主は今までの何倍もの大きさになってギロっと私の目を見た。
『こんな不味いもんは初めてだよ・・・』
恐ろしい目をしていた。今まで感じたことの無い恐怖。背中に汗がつたっていくのを感じた。
私は持ってきた鷹の爪を投げながら主に叫んだ。
「おっおい!のんびりしてる主が好きなんだよ!ほらっまたゆっくり話そう!ほらっほらっ!!おねがいだよおおぉ!!」
気づけば私は泣いていた。汗と涙でぐちゃぐちゃの顔で湖を見る。
主は少しずつぶくぶくと湖の中に沈んでいった。
「ぬ・・・主・・・?」
『おまえの鷹の爪はお前みたいにまっすぐだ。すげー辛い。ははははははっ・・・それが好きだ。いつ食べても上手いよ。・・・ホテルの奴らに上手いこと使われるんじゃねぇぞ。おまえはまっすぐすぎて怖いからな・・・』
「・・・ぬっ主がそれ言えるのかぁ?・・・はっはは・・・」
主はその後、一度も姿を出さなくなった。


主に忠告されたホテルを調べて貰った結果ボロを出し、オーナーの横領が発覚。元々の土地の主である私が今はオーナーになっている。
主は知っていたんだろうか・・・?
『湖の主伝説』は本物がいなくても変わらずに続き、観光客も周りの人達も何事も無かったかのように、いや、むしろこの湖の謎が深まって嬉しそうに変わらぬ毎日を送っていた。
私は湖の主によってまた救われた。
「三十年作って一番のファンが主、きっとあんただよ・・・。」
私はぽちゃんと鷹の爪を投げて呟いた。
真夜中なのに周りは街灯で明るい。

ただただ湖は静かにざざーざざーと静かな音を立て続けていた。

おわり

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ゆうゆ@元女優の介護士
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