いま将棋界で起こっていること(前編)
ここ最近、将棋界が大きく変動していますが、多くの人がそのことに気がついていません。もちろん将棋界のことなんて知らなくても生きてはいけますが、それだと人生の薬味が少し足りないのではないかと老婆心ながらに思うので、少しだけ解説させてください。将棋界は現在、5名のトップ棋士が中心となってうねりを起こしていますので、それらの棋士を中心に書き進めます。棋士の個性が分かると将棋のルールがさほど分からなくても、将棋観戦が楽しくなってくると思います。※肩書きなどは2020年8月17日現在
渡辺明三冠(名人・棋王・王将)について
渡辺さんのことを知るためには、このマンガを読むのが一番手っ取り早いです。棋士の生活も垣間見られてとても楽しいです。作者は渡辺さんの奥さんです。性格はとにかくハッキリ・サバサバしているので、解説などはとっても人気があります。自虐的なコメント織り交ぜて、聴衆の笑いを誘うのが得意な棋士です。
渡辺さんは将棋界に5人しかいない中学生棋士の一人です。なぜか一般的な知名度は高くありませんが、将棋界ではとても有名な棋士です。竜王戦という棋界最高峰タイトルとの相性がすこぶるよく9連覇を含む合計11期、竜王の座に就いています。その他のタイトルを合計すると通算25期、現役3位のタイトル獲得経験を持つトップ棋士として活躍をしていましたが、数年前に突如調子を崩しました。
原因は、多くの棋士がAIを研究に取り入れたことに起因する、将棋観の変化ではないかと言われています。渡辺さんは、戦力をしっかりと守りに割いた上で、細い攻めを巧みにつなげて勝ちきる将棋を得意としていました。ところがAI将棋は守備の固さを最重要視しません。少しくらい守りが薄くなろうとも、うまく全体のバランスを取りながら、駒損を怖がらず速攻を仕掛ける作戦が目立ちます。そんなAI由来の将棋観と渡辺さん独自の将棋観の相性が悪かったのではないでしょうか。
竜王位を失い、トップ棋士10名が在籍する順位戦A級からも陥落。“渡辺さんは終わった”そう思う人も少なからずいたと思いますが、そこから、あっという間に復活を果たしました。それだけではなく、以前より遙かに強くなりました。ここ2年間勝ちまくった様子はレーティングを見れば一目瞭然です。崖から這い上がった様子がよく分かります。
出典:将棋棋士レーティングランキング
2020年8月15日には、念願の名人位(このタイトルも棋界最高峰)も獲得し、全棋士の席次トップに立ちました。「同じ中学生棋士の大天才、羽生・藤井聡太に挟まれた自分はサンドイッチの具だ」と一時期はぼやいてましたが、いまの活躍を維持し黄金期とできるかどうかは、次に紹介する棋士とどう対峙するかに掛かってくると思います。
藤井聡太棋聖について
ご存じ、藤井聡太棋聖。最年少でプロ棋士になり、デビューから29連勝を達成したお化け棋士です。2020年8月17日現在の藤井さんの対戦成績は189勝35敗、勝率は.8437!相変わらず勝ちまくっています。7月に最年少で棋聖のタイトルを奪取。さらに、現在進行形で開催されているタイトル戦(王位)も3連勝中で、あと1勝で最年少2冠となり、規定により最年少の八段に昇段します。まだデビューして4年くらいなのにもう八段です(八段になれずに引退する棋士も山ほどいます)。
藤井さんの強さはどこに由来するのか、それをみんなが知りたがっています。AI研究のおかげだという人もいますが、今や、将棋界はほとんどの棋士がAIを研究に取り入れていて、藤井さんだけがAIの恩恵を受けているわけではありません。それは羽生さんも指摘をしていました。
将棋には詰将棋という相手の王将を捕らえるパズルゲームがあります。藤井さんは、一流のプロ棋士も参加する詰将棋解答選手権で、弱冠12歳のときから5連覇しています。将棋の強い人は脳内に将棋盤がイメージでき、目をつぶったままでも将棋が指せるため、長手数の詰将棋でも脳内の盤面を動かしながら詰み筋を探せます。ところが藤井さんは、脳内に盤面をおいていないという話しが最近Twitterに流れてきました。将棋大好き憲法学者の木村草太さんとの対談でも同様の話しをしていました。では、盤面のイメージではなく、どうやって手を読んでいるのか。『言語』で読んでいる、らしいです。その話しを聞いた行方九段は理解不能な様子でした。
そういえば藤井さんは、インタビューなどの受け答えがデビュー当時からとても上手です。間をしっかり取って反射的に話さない、自分の言葉で誰かが傷つかないようおもんばかる、語彙が豊富で難しい言葉をたくさん知っている。書き言葉も、話し言葉も、言語をどう操ればいいか、ということをとても大切にしている気がします。藤井さんの強さの根源は言語力であり、その言語力を活用した読解力がいまの活躍を支えている気がします。
藤井さんは、これから数十年にわたって、さまざまな記録を打ち立てる棋士になると思います。前述の渡辺さんは名人獲得後のインタビューで「2、3回防衛したい」と言っています。ぼくは、このコメントの背景に藤井さんの存在を感じます。渡辺さんは、直近の棋聖戦で藤井さんから挑戦を受け、1勝3敗で敗退しました。局後のブログに「負け方がどれも想像を超えてるので、もうなんなんだろうね、という感じです」とかなり正直に感想を書いていました。渡辺さんは、明らかにキャリア最高の時期を迎えている。けれど、そこに藤井聡太というバケモノが現れて、今のところ対処法がない。だから、藤井さんが最短で名人戦に挑戦してくるまでの2、3回は少なくとも防衛したい、という先のコメントにつながったんだろうと想像しています。
とにかく、ここから10年20年は藤井さんの時代になります。藤井さんをいかに倒すかが全棋士の宿題になるはずです。過去にそんなバケモノ棋士がいたか?いました、たった一人。その棋士を次にご紹介します。が、いつの間にか長くなったので、いったん終わります。
最後に、藤井さんのレーティングも参考までに。現在、全棋士でトップの成績です。“右肩上がり”のサンプルのようなグラフです。うーん、もっと、藤井さんのすごさを伝えたいんだけど語彙が足りません、残念。
出典:将棋棋士レーティングランキング
〈追記〉
先ほど(2020年8月20日)、木村王位に藤井聡太棋聖が挑戦していた61期王位戦が終わりました。予選から14連勝でタイトルをかっさらって行きました。これで、最年少2冠、最年少八段になりました。失冠した木村九段はすっかり観念していました。でも、燃え尽きてはいない様子だったので、次のチャレンジを見守りたいと思います。木村さんも、いくらでも掘り下げられる個性の持ち主なので、長い記事を書ける自信があります。愛称は『将棋の強いおじさん』です。ハッキリ言ってみんなに愛されています。
CHACOは、将棋を愛するデザイン制作事務所です。場所は、東京千駄ヶ谷の将棋会館から歩いて数分の位置です。いつかは、将棋界のために自分の全スキルを投入しようと思っているところです。頑張ります。
※公開後、恥ずかしい誤字や間違い部分は修正しました。ごめんなさいー。
後編へつづく。