ボブヘアで過ごした高校生時代を少しだけ後悔した|エッセイ#1
私は、どうして高校生時代をボブで過ごしてしまったのだろう。
大人になって、少し後悔した。
私が思い切って髪を切ったのは16歳の頃。
それまでずっと胸の下あたりまで伸ばしていた髪を、肩につかないくらいまでバッサリと短くしたのだ。
何か特別な理由があったわけではない。
ただ、ちょっとした気分転換のつもりだった。
似合わなかったらどうしよう。
変な癖が出たらどうしよう。
そんな不安もありつつ、実際はワクワクの方が勝っていたと思う。
家族や友達はどんな反応をするだろう……と。
これがまあ、見事なまでの大成功だった。
自分でも「なかなか似合ってるんじゃ?」なんて自賛してしまうほど、初めてのボブヘアはしっくりきていた。
なんだか「女子高生」らしくなったような、我ながら垢抜けた感覚を覚えたのだ。
そんな自分の感覚は勘違いではなかったようで、家族や友人からも「似合うじゃん!」「前よりも好きかも〜!」と賞賛の声をもらい、私はもう有頂天だ。
なんで今までボブにしてこなかったん? と思うほど、ボブヘアの自分を気に入ってしまったのだ。
もう、私にはこの髪型しかない! なんて、今後の髪型をひとつに絞ってしまうくらいには。
もちろん、今現在そんなことはないのだが、当時の私は本当にボブで生きていくことを決意していた。
2ヶ月に1回の美容院は欠かさず、綺麗な前下がりストレートボブを維持し続けること3年ほど。
普通に飽き始めた。
毎日鏡で顔を合わせているのだから当然だろう。
周りの人は、私以上に私のことを見る機会が多いだろうから、もっと目に馴染んでいるはずだ。
真新しさなんて全くなくなって、私はすっかり「ボブの人」になっていた。
さて、どうしたものか。
ボブにするのは一瞬だったが、その逆は果てしない。
元の長さに戻そうと思うと、1年では足りないだろう。
——じゃあ、もっと切ってしまおうか。
思い立ったら早かった。
学校からの帰り道で美容院に予約を入れ、その足で飛び込んだのだ。
次の日から行く予定だったディズニー旅行に、なんとしても間に合わせるためだった。
「短くしたいです!」
「えっ? これ以上?」
その美容院には小学生の頃から通っていた。担当はずっと同じ店長さんだ。
私が髪を伸ばしていたときも、3年前にいきなりバッサリ切ったときも、その後ボブを維持していたときも、ずっと担当してくれていた。
「これ以上切ると、ショートボブっていうか、もはやショートだけど……」
店長さんの言葉には「本当にいいの?」という心配が滲んでいた。
「全然OKです!」
しかし、私は決めたら突っ走るタイプだ。店長さんの言葉なんて耳に入るはずがない。
予約を入れた時点で、ショートにする以外の選択肢はなかったのだ。
さて、この人生初のショートヘアだが、これがまたまた大成功を納めてしまった。
ロングヘアで過ごしてきた16年間は一体なんだったのか。
そう思ってしまうレベルで、私はショートの自分も大層気に入ってしまった。
もちろん、翌日からのディズニーも、ショートヘアのおかげで楽しさ3割増しだ。
とにかく今の自分を残したくて、写真を撮りまくったのを覚えている。
と、ここまでボブからショートを経て、何ひとつ嫌な記憶はない。
むしろ、良い記憶ばかりだ。
では、なぜ私はこのボブ〜ショート時代を後悔することになったのか。
それは、社会人になってしばらく経った頃だった。
本当は、もう少し前から感じていたことだったと思う。それを、なんとか気づかないふりをして誤魔化していた。
しかし、それも限界だと感じ始めたのだ。
それは、自分の髪が伸び始めたのが理由だろう。
仕事柄、髪を結んでしまう方がラクだった。
さらに、忙しくて美容院に行く間隔も開いてしまい、気づけば髪を結べる長さまで伸ばしているのが当たり前になっていた。
そこで、とある問題が発生した。
私は、髪の巻き方がわからないのだ。
出勤する時はよかった。
ひとつに結んでしまうか、クリップで止めるか、お団子にするか。とりあえず、髪はまとめてしまうので悩むこともなかった。
問題は休日だ。
同じくらいの年頃の女の子たちは、みんな上手にゆるっと、ふわっと、髪を巻いているのだ。
対して、私は髪の巻き方がわからないどころか、カール用のアイロンすら持っていなかった。
手元にあるのは、ショート時代から愛用している細めのストレートアイロンのみ。とてもロングヘアに太刀打ちできる装備ではない。
私にできるのはせいぜい内巻きワンカールだ。
私が思うに、世の女の子たちは中高生あたりから見た目に気を遣い始める。
その中で、当然「髪の巻き方」にも触れて、練習をする過程があるんじゃないだろうか。
しかし、私はその勉強過程を短髪で過ごすことで、完全にスキップしてしまっていた。
もちろん、髪が短いことがすべての理由ではない。私のラクを選びがちな性格も災いしていることは確かだ。
私は「前下がりボブはストレートこそ至高」という暗示を自分にかけて、周りのゆるふわウェーブ髪から目を逸らしてきたのだ。
思えば、高校の学祭の時には、みんな普段とは違って髪をクルクルにしていたように思う。
メイクには頑張って着いて行ったのに、どうして髪の毛は見て見ぬふりをしてしまったのだろう。
おかげで、髪の巻き方が全くわからない20代が出来上がってしまった。
——これはまずい。
そう思った私は行動に出た。
髪を、さらに切ったのである。
なんとか簡単なセットで、可愛くなる髪型はないか。
そうやってたどり着いたのは「ウルフヘア」だった。
美容師さんのカットが天才すぎて、内巻きにワンカールして、襟足は外にハネさせる。
たった、これだけで完璧なヘアセットが完成するのだ。
これだ。私はこれからウルフで生きていくんだ……!
その決心は、ボブ時代ほど長くは続かなかった。
やっぱり、私もゆるゆるふわふわになりたい。
現場によくいる、可愛いお姉さんになりたい。
SNIDELなんかが似合う、綺麗なお姉さんになりたい。
そんな憧れが原動力となり、私は数年遅れで巻き髪を履修した。
毎日お風呂に入る前に、鏡に向き合って髪を巻き続けた。
慣れない太めのコテで何度も耳を火傷して、皮がカリカリになった。治る前にまた火傷をして、いつも右耳を負傷していた。
こんな経験も、世の女の子たちは数年前に通ってきた道なんだ……と思うと、その時期にラクな方へ逃げていた自分が憎くも思えてくる。
なぜ、私はあの時期にロングヘアへの憧れを抱けなかったのだろう。自分の気持ちを無視してしまったのだろう。
上手く巻けなくて、よくわからない縦ロールになった日には、ぶつけようのないイライラと一緒にシャワーで流した。
巻き方の動画を見ているはずなのに、どうにも同じようにはできない。動画の中の女の子は、さも簡単にやってみせるのに、私には同じことができない。
やってみてわかったことだが、私は相当不器用だったらしい。
これも、数年前に気づけていたら、たくさん練習をして今頃ふわふわの髪をなびかせていたはずなのに……。
そんな悔しい練習の期間は大して必要なく、1週間もすればそれなりに巻けるようになってきた。
数年分だと思っていたコンプレックスは、数日であっさりと取り返すことができたのだ。
——なんだ。案外簡単じゃん。
できるようになれば、その程度のものだ。
たかが髪型。自分が思っているほど、周りはお前のことなんて気にしていないよ。
そう言われればその通りだと思う。
とはいえ、あの上手く巻けない期間で過去の自分を恨んでしまったのは確かだった。
あの時友達に混ざって練習しておけば……と、確実に後悔を覚えたのだ。
とはいえ、自分の理想のゆるっとふんわり巻き髪がセットできるようになった今、私が思うのは「短髪も悪くなかったな」ということだ。
存分にロングを楽しんだ今、また短くしてみたいなぁ……なんて、あの頃の写真を見返して思うのだ。