モノ屋敷に住むシマさんのお話
私が、シマさん(女性)のお宅に訪問看護に行き始めたのは半年くらい前。
シマさんの訪問は2年くらい前に始まっていたのだけど、私はなかなか行く機会がなかった。
他の同僚が何人かで交代で訪問してくれていた。
訪問していた同僚の話によるとシマさんは精神疾患があり、30分訪問予定だけど10分以上は滞在させてもらえない。
直ぐに「帰ってください」と言われる。
50歳代のお子様と二人暮らし。
しかも家の中はモノ屋敷状態で中には入れてもらえず、玄関に立って、バイタルサインを測ったらすぐに追い返されてしまうということを聞いていた。
しかも月に1回の訪問だけの訪問という情報だった。
半年前くらいにそろそろシマさんに会いに行こうと思った。
1回目は、普段、訪問していた同僚の同行訪問をさせてもらった。
家に入る前の門扉の辺りから草が鬱蒼と荒れ放題に生い茂っており、段々シマさんワールドに突入していった。
玄関を開けた瞬間に何やらいろんな種類のものが腐っている香りとともに蚊や蝿がブイブイと賑やかに飛んでいた。
玄関を閉めてしまうと、密閉された玄関という空間の中でこの匂いを全部自分の鼻に入れるのか…と覚悟を決め、自身の五感のセンサーを弱めて挑んだ。
最初に40か50歳代に見えるお子様が登場し、続けて小さいシマさんが登場。
シマさんは、小柄で綺麗いな顔立ちをされていたけど長いグレーの長い髪の毛はいつからなのか大きな鳥・・・鷹とか大鷲の巣みたいな塊になっていた。
初日に
いつかあの重そうな髪を切ってあげたいと密かに思ったけど、未だ実現していない。
聞いていた通りあっという間に追い返された。
薬は飲んでいますか?と看護師が聞くと「当たり前です」とぶっきらぼうに答えるシマさん。
退場していくシマさんの先にはリビングがわずかに見えるけどたくさんのゴミ袋が部屋中に積んであるのが見えた。
5分くらいが滞在の限度だった。匂い的にも。
暑い日だったので吐きそうになった。
次の時からは私1人で行くこととなった。
とはいえ、ケアマネさんも必ず一緒に同行してくれていた。
通常のバイタルを測定し、前回同様に早々と追い返された。
何かできることはないか考えた。
まずは。せめて玄関だけでも片付けて行きたいと思った。これまたまだ実現していない。
ケアとしてダメ元で足浴を提案しようと思った。
今まで行っていた同僚たちは多分無理だよと言っていた。
2回訪問させてもらったので訪問時のシマさんのパターンは大体掴めた。
バイタル測定が終わると、血圧計のマンシェットを外すや否やクルリと背を向けて足早にリビングへと向かおうとするシマさん。
ということは、ここに足浴のケアを入れようと思ったらかなり熟練の技が必要。
この背を向ける前の数秒の瞬間に足浴を提案しないと難しい。
提案したらすぐに却下になるのは容易に想像できる。
おまけにお子様にバケツを準備してもらったりお湯を入れている時間をシマさんが待てるはずがなかった。
よし!お湯を入れたバケツを車で持って行こうと作戦を決めた。
バケツの中でお湯をちゃぷんちゃぷんさせながら。
お宅まで15分くらいの道のりでちょうど良いお湯の温度になるように。
さて3回目の訪問時、バイタル測定が終わった瞬間、間髪入れずにお湯の入ったバケツをすっと出した。
まるで特別なことではないような振りと表情をした。
我ながら、かなり自然な感じに出せたと思う(笑)。
一瞬、シマさんが固まったのもわかった。
それでも自然に続けた。
特別なことではないですよ〜ってスタンスで。
「シマさん、今日は、ちょっと足湯しましょう」というと「そんなことやりません。いいです!」ときっぱり断られた。
そうでしょ、そうでしょ・・・と想定内ですよと思いながらも
「シマさん、今日、頑張ってお湯入れて持ってきたんですよ〜。シマさんの足が気持ちがよくなるといいなぁと思ってしまって。せっかくのいいお湯が勿体無いので、今日だけでもお願いします」と涙目で恩着せがましく懇願してみた。
お子様も加勢してくれ「せっかくだからしてもらったら?」と口添えしてくださった。
そして、お子様に椅子を持ってきて頂いた。
いつもは立ったままなので。
シマさんも仕方がないというモードになってきたので、失礼しますねと言いながら、シマさんの靴下を脱がそうと手をかけた。
ん?硬い。
靴下が硬い。
靴か?と思うくらい硬かった。
その靴風の靴下は、元は普通の靴下だったと思う。
でも10年以上お風呂にも入っていなくて便や尿やよくわからない汚れなどでコテコテになりまるで靴のようになっていたことがようやく理解できた。肌に靴がフィットしてくっついている。
いや、靴じゃなかった、靴下だった。
(お食事中のかたもそうでないかたもすみませんです…。排泄物系は、職業的に私達は慣れているものの…。)
そっかそっかと気を取り直して、なんとか脱がすことができたけど、脱がせた靴下は靴のように立派にしゃきーんと立っていた。
硬すぎてなかなか脱がせられなかったのでシマさんが「もういいです!」と言い始めた瞬間に脱げた。
脱いだ靴下が立っていた。
感慨深い。
気を取り直してシマさんのコゲ茶色になっている足をお湯の中にちゃぽんと入れた。
お湯の色が一気に変わった。
もちろん1回で落ちる汚れではなかった。
擦ろうとするとシマさんは嫌がった。
他人に触れられるのは嫌なのだろう。
強く刺激しない程度に汚れの表面をさすった。
タオルで拭き上げても白いタオルが茶色くなった。
終了するとまた同じ靴下を履こうとしたので、それだけは勘弁してくださいと新しい靴下を準備して頂いた。
ケアマネさんが「気持ちよかったでしょう?」と言うと「気持ち悪かったです!」と(笑)
第1ラウンドが、なんとか終了した。
過去最大の滞在時間だったかもしれない。
ケアマネさんもとても喜んでくださった。
まさか足浴できるとは!と。
帰ってから同僚たちもきっと無理だと思っていた足浴ができたことに驚いていた。
大喝采だった!
次の訪問の時も私が訪問に行き、少しずつ私にも足浴にも慣れてもらう作戦にした。そして、お子様との関係性も作って行きたかったので、訪問の前日くらいに電話を入れるようにして、協力を求めた。
この環境の中に住んでいられるお子様も心のなんらかの病はあるのかもしれないけど、一緒にいい方向に向かって行きたいというお気持ちは感じられた。
誰かの助けが必要な親子だと感じた。
ずっとお子様もどうしたらいいかわからなかったようだった。なので、私の申し出にお子様は拒否はなかった。
次の次くらいの訪問になった時にシマさんは、バイタル測定が終わると、なんと!自分から椅子に座ってくれるようになった。私は、この一瞬を見逃さなかった。
しつこい看護師に辟易して観念されたのかもしれない。
もうそれだけでめちゃくちゃ嬉しい。
小さな1歩かもしれないけど、きっとシマさんにとっては大きな1歩。
ちょっとは気持ちよさを感じてくれているなら嬉しいな。
ご自分からラジオ体操の話などもされるようになり僅かに言葉が増えた。
足浴は、ルーテイン化できたので次なるは、大きな鳥の巣のようなかたまりのある髪の毛。重そうだから切りたい衝動に駆られた。
いやいやそんなに簡単なハードルではない。
これまた10年以上洗髪も美容院にも行けていないのだから。
まずは、お子様に許可を取り後ろ姿を写真に撮らせて頂いた。
後ろ姿はご自分でも見たことがないだろうと思ったので。
大きなお世話だけど撮って、その後、下手くそな写真加工してこれをカットすればこうなりますよというビフォーアフター画像を作った。
そして、シマさんに髪の毛の後ろが塊になって重そうなので切りましょうと提案した。シマさんは「あれは寝癖です」と言い切った。
いやいや・・・寝癖じゃないし(笑)
そして、画像をお見せしたらチラッと見て「知ってます」と言って、足早にリビングに姿を消した。
まぁ、そう簡単ではないよね。
でも、『私、諦めないんで♡♡♡』