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経験値を財産とするために
何かを買おうとしたらクチコミを探して評判を調べればよい。
クチコミがない場合でも、店員に話を聞くなどして使い方が自分の希望にあっているかを聞くことならできる。
モノを買うなら経験値がゼロでも、それなりによい結果を導くことはできそうだ。
ところが、「立場」や「状況」や「境遇」といったことは、クチコミを参考にして対処するのには限界がある。
いや、限界があるというよりも、無理だろう。
人の体験談を聞いただけでは補えない何かがある。
自分と性格や生い立ちがそっくりの人、例えば一卵性双生児の体験を聞いて、参考にするというのなら別かもしれない。全ての人は、違っていている、ユニークな存在。だから、人の体験談は話半分に聞いておくしかないのだ。
初めての体験をしてみると、思ったことと違う、予想していたことと違うことが多々ある。
特に、珍しい体験、稀有な体験というのは、それを経験した人も少ないから、そもそも人の体験談を参考にできない。
初めての体験は怖くとも、自分の準備が整っていなくとも、無理やりその経験に引きずり込まれる。それが「病」。
「病」と格闘したこと、即ち、闘病の体験は、貴重な財産となり得る。
ただし、どのような経験でも財産になるかというと、そうではない。「経験にどう対処したか」が分かれ目。
経験が人をつくるのではなく、経験にどう対処したかが人をつくる。
そう信じて、日々粛々と目の前の課題に向き合うこと。
それが生きるということなのだから。