#ソシャゲの話をしよう。「パズルRPGについて想う」
#ソシャゲの話をしよう 。
どうも、死に急ぐ生命の果実です。
みなさん、ソシャゲ遊んでますか?
パズドラとかぷよクエかやってますか?
さて、今では定番となっている「パズルとソシャゲの合体コンテンツ」。
今回はそんな「パズルRPGについて」のお話をしたいと思います。
ざっくり以下のような構成でお話をできればと考えております。
パズルゲームの歴史
パズルゲームのおもしろさに触れる前に、パズルゲームが発明された経緯について触れていきましょう。
もともと、ビデオゲームが発明される遥か昔から、「パズル・謎解き」はゲームのジャンルとしてはド定番でした。
ジグソーパズルやペントミノなんかはもとより、クロスワードや数独などの紙ペンゲームや、広く言えばクイズなども当てはまるでしょう。
さて、これらのパズルゲームに関して、共通することは何でしょうか。
それは、「問題を作るのがクソ面倒くさい」ということです。
今でこそネットなんかを通じて問題が配布されたりしていますが、昔はひとつひとつ職人が手作業で作っていたのです。
しかも、作成については「ちゃんと解けるかどうか」「パズルとして成立しているか」の他、「おもしろいかどうか」まで検証しなければならず、なかなかのコストだったと聞きます。
さて、時は下り。
コンピューターゲームが発明されても、しばらくは同じ問題が付いて回りました。
これを革新したのが落ちものパズルゲーム、いわゆる「落ちゲー」の発明です。
落ちゲーの画期的だった点は「落ちてくるブロックをプレイヤーがどう処理するかによって、自動的に次の問題が生成される」ということです。
テトリスやぷよぷよなんかをイメージしてみてください。
プレイヤーがするのは「落ちてきたブロックをどこに配置するのが最適解か」考え、「そこにブロックを配置する」ということ。
この繰り返しで、パズルゲームとして成立してしまうのです。
これまで存在していた「問題を作るコスト」が魔法のように解消されたことで、パズルゲーム業界には落ちゲーバブルが起こります。
雨後のタケノコのように、ちょっとアレな落ちゲーが大発生するわけですが……そこは本題ではないので、そのあたりはまたの機会に。
落ちゲーはなぜ楽しいのか
さて、落ちゲーが画期的だったという点を話して満足したところで。
「落ちゲーはなぜ楽しいのか」に踏み込んでいきたいと思います。
先ほどお話した「プレイヤー自身が問題を生成する」というのは、どちらかと言えば制作コスト減なので制作者側のメリットです。
プレイヤー側からしたら落ちゲーはなにゆえ楽しいのでしょうか。
パズルゲームのおもしろさは「自分に合った難易度の問題に答えること」です。
解けない問題はおもしろくないですし、簡単すぎてもダメ。
「ちょうどいい難易度の問題が出され、かつそれに答えられたとき」に快感の回路が刺激されます。
落ちゲーの優れているところは、先述したように「プレイヤー自身が問題を作ること」ですが、この副産物として「難易度も自分に合ったものが生成され続ける」ことも大きいです。
ひとつひとつの問題は非常に簡単です。
先のテトリスとぷよぷよを例に出しましょう。
テトリスは一列揃えること、ぷよぷよは四つ揃えて消すことが、「問題」と言えます。
その問題を解くために、ごく短期的な目標を立て、それを実現するようにパズルを解いていく。
時々予想外のプロックの処理や、操作ミスのリカバリを求められ、突発的にちょっと上の難易度を求められることもあるでしょう。
これらも「問題」であり、うまく処理できると「楽しい」のです。
上手でなければ直面した問題を解くことを楽しめばいいし、上手くなったらより上の「連鎖」などを目指せばいい。
それらの要素も相まって、常に自分に合った難易度が生成され続けるという仕組みです。
さらに、小さな設問をクリアし続けるという構造上、クリアの快感の回路がほぼ常に刺激される状態が続きます。
俗に「ハマる」とか「ゾーンに入る」という状態ですね。
構造的に、「ハマる」状態が発生しやすいのも、落ちゲーの優れている点と言えます。
さらに時代が下ると、「対戦」の要素が散見されるようになります。
与えられた問題に対してより上手く、より早く答えることができれば、相手にダメージ(≒おじゃまブロック)を与えられるという形式ですね。
これらはじょじょに変化して、パズルソシャゲの戦闘システムに組み込まれていくのですが……こちらは次の項目でお話ししましょう。
パズルRPGの時代へ
さて。10年ほど前に「パズル&ドラゴンズ」というバケモノコンテンツがリリースされました。
これまであった落ちゲーのパズルを基本要素として、パズルをうまく解くことで敵にダメージを与えるRPGのような戦闘要素、ガチャにより編成するユニットを入手するソシャゲ要素の融合です。
当時としては画期的だった「ソシャゲ&パズル&RPG」という要素の先駆けですね。
タッチパネルのUIを存分に活かしたスライドパズルは、今考えてもシンプルかつハマる仕組みで、それ単独でもおもしろかったです。
パズドラから始まる「パズルRPG」というジャンルはたくさんのフォロワーを生み出し、今や一大ジャンルとなりました。
が、知らない人もいると思うので基本構造に触れておきましょう。
パズルRPGの基本要素は、主に以下の要素で構成されます。
パズル
味方ユニット
敵ユニット
パズル
これまで説明してきた、落ちゲーの「問題」にあたる部分です。
うまく答えることで、敵に与えるダメージに影響を与えます。
味方ユニット
自分が持っているユニットです。
RPGのプレイヤーキャラクターに例えればよいのでしょうか。
それぞれにパラメーターが設定されており、パズルの結果を受けて、敵ユニットへのダメージに変換します。
敵ユニット
敵のユニットです。
HPが設定されており、味方ユニットの叩き出すダメージによってHPを0にするのがクリアの条件です。
まとめると、『パズルをうまく解いて高ダメージを叩き出し、敵ユニットを倒そう!』という感じですね。
落ちゲーの持つ「ハマる」要素に加え、「戦闘に負ける」という要素による緊迫感、ユニットのビジュアルやコレクション性などがうまく合致し、ひとつのジャンルとして形成されました。
パズルRPGの興隆の始まりです。
で。
とはいえ。
多くのフォロワーを生み出したパズルRPGというジャンルですが、そのフォロワーすべてが成功したわけではありません。
ヒットしたタイトルとそうでないタイトル、どのようなところで明暗が分かれたのでしょうか。
推測ではありますが、少し考察をしてみたいと思います。
ポイントは『パズル要素とRPG要素のバランス』です。
失敗したタイトルはそもそもパズルとしておもしろくないんじゃない?
そもそもといえばそもそもなのですが。
パズルRPGといえども基盤はパズルゲーム。
そのパズル部分が成立していなければ、芯となるおもしろさは担保できません。
先述したパズルゲームのおもしろさを思い出してみてください。
「プレイによって次の問題が生成される」
「その問題はプレイヤーにとってちょうどいい難易度である」
「より上の難易度に積極的に挑戦したくなる連鎖などの要素がある」
「それらの要素の複合によって『ハマる』状態を作り出す」
これらが踏まえられていないと、以下のような状態になります。
パズルとして簡単すぎる
パズルとして難しすぎる
攻略できるかどうかがパズル以外の要素に依りすぎている
ひとつずつひも解いてみましょう。
1.パズルとして簡単すぎる
これはまぁわかりやすいですね。
そもそも簡単すぎて、パズルの問題としての体をなしていないものです。
パズルゲームは、パズル=難しいという印象を抱いている人も少なくないのではと思います。
(僕自身も、テトリスはできるけど、ぷよぷよの大連鎖はちょっと苦手です)
だからといって、誰にでも解けるようなパズルを名乗るにはナメたものになっていないでしょうか?
まずはここが単体として成立するものになっていないと、先述した落ちゲーバブルで数多と消えていった失敗作のようになります。
・ひとつの問題を解決するのは直感で十分
・失敗すると次の問題の難易度が上がる
・上を目指せる拡張ルールがある
これらの基本構造が守られていないと、パズルゲームとしては薄味になりがちです。
2.パズルとして難しすぎる
では濃い味ならいいのか、というとそれも違います。
一手あたりの試行時間が長かったり、操作が難しかったりすると、それはそれでパズルゲームとしてのおもしろさを損ないます。
例えば、むやみやたらに覚えなければならない前提条件が多かったりしませんか?
毎ターン、戦略シミュレーションレベルの前提条件と最適解を求められたりすると、それはかなり重いゲーム……極論、パズルとは別のゲームになります。
ユーザーが求めているのは、「程よい難易度にテンポよく答えていくことで得られる快感」であり、決して「理不尽な難しさ」を求めているわけではないのです。
難しさとおもしろさは必ずしも比例するわけではありません。
また、難しさも自然に思う難しさと理不尽に思う難しさで、受ける印象は全く変わってくるでしょう。
「パズルなんだから難しければ喜ぶだろう」という考えは、多分違います。
3.攻略できるかどうかがパズル以外の要素に依りすぎている
これはパズルRPG独特の問題なのですが。
ユニットや敵の存在により、クリアの条件が「ダメージによって敵を倒すこと」になると、パズルの最適解が全てでは無くなることがあります。
端的に言えば、ユニットのパラメーターやスキルなど、性能面に難易度が依存することですね。
ユーザーが求めているのは、「程よい難易度にテンポよく答えていくことで得られる快感」であることは何度か書きました。
パズルの腕前に関係なく、勝ち負けが決まってくるようになってしまうと、求めていたおもしろさではないと感じるユーザーは一定数出てくるでしょう。
また、パズル部分が「めんどうくさい」「ぶっちゃけ余計」と思われるようになってしまうとどうでしょうか。
それはゲームとしての根幹が揺らいでしまう事態となり、その後のコンテンツの運営にも支障をきたしてしまうかもしれません。
パズル要素とRPG要素のバランス、大事。
4.インフレの影響
ついでに。
ソシャゲである以上避けられない、運営的事情とインフレについても触れておきましょう。
ガチャでユニットを獲得する構造で、コンテンツの収入源がガチャである場合、売上をあげるためにはインフレは避けられません。
これがパズルRPGでは悩ましい問題に直結します。
まず、インフレによるユニットの性能上振れに起因する、パズル解かなくてもクリアできてしまう問題。
これは先述した通りですね。
また、インフレに対応してパズルの難易度をあげたくなってしまう問題。
新規要素としてパズルの内容に難易度をあげるような改変を加えてしまうと、「理不尽な難しさ」に繋がってしまう恐れがあります。
これも先述した通りですね。
パズルの構造は変えられないが、インフレには対応して難易度を上げなければならない。
そうだ、敵ユニットのステータスを上げて、パズルの難易度を変えずに難易度を上げよう!となると。
これもまた、パズルの結果が勝ち負けに影響しない問題に繋がってきてしまうわけで。
難しいですね。
結びに
いろいろとつらつらと書いてきましたが、人気の定番ジャンルとはいえど、いろいろと問題を抱えているものです。
流行りに乗るのも大事ですが、その問題点も分析して対応していけると、より愛される長寿なコンテンツに成長できるのかなぁと。
そう思いました。
本日僕から言いたいことは以上です。