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任天堂に訴訟されたパルワールドに思う事

どうも、死に急ぐ生命の果実です。

表題の件について、忘れないうちに思ったことを言語化しておきたいと思い、筆を取った。


はじめに

筆者はポケモンは好きだが、パルワールドはほとんどやってない。
今回は「ゲーム制作ではこういうことが起こりうる」という事実を起点として、どちらも特に支持をしないという立場で記事を執筆する。

パルワールドとは

今年のはじめあたりだったか。
パルワールドというタイトルがSNSを中心に物議を醸しだしたことを、みなさん覚えておられるだろうか。

リリースされた当時は、「ポケモンに似ている」という方向性の話題で持ちきりだった。
ゲームとしてきちんと作り込まれていたのが、その異様さに拍車をかける。
以下に掲載したのが登場するキャラクター「パル」と、似ていると噂される「ポケモン」である。
詳細についてはコメントは控える。

似ていると噂されたポケモンとパル

任天堂がポケットペアを訴訟した、らしい

本日付の任天堂のニュースリリースである。
「特許権を侵害していることに対しての訴訟」ということを頭の片隅において、続きを読んでいただきたい。

 任天堂株式会社(本社:京都市南区、代表取締役社長:古川俊太郎、以下「当社」)は、株式会社ポケモンと共同で、2024年9月18日に、株式会社ポケットペア(本社:東京都品川区東五反田2丁目10番2号、以下「被告」)に対する特許権の侵害訴訟を東京地方裁判所に提起しました。

 この訴訟は、被告が開発・販売するゲーム「Palworld / パルワールド」が複数の特許権を侵害しているとして、侵害行為の差止及び損害賠償を求めるものです。

 当社は、長年の努力により築き上げてきた当社の大切な知的財産を保護するために、当社のブランドを含む知的財産の侵害行為に対しては、今後も継続して必要な措置を講じていく所存です

任天堂ニュースリリースより

それに対するポケットペア(パルワールドの開発・運営会社)のニュースリリースである。こちらも本日付である。

Sep.19.2024

当社に対する訴訟の提起について

本日、当社に対して特許権の侵害に関する訴訟を提起した旨の発表が、任天堂株式会社及び株式会社ポケモンより行われました。

現時点において、当社は訴状を受領しておらず、先方の主張や侵害したとする特許権の内容等について確認できておりません。これに伴い、パルワールドの運営及び提供においても、中断や変更の予定はございません。
訴状を受領次第、必要な対応を行ってまいります。

ポケットペア ニュースリリースより

また、Twitterのパルワールド/Palworld 公式(@Palworld_JP)による声明は以下である。

現時点において、当社は訴状を受領しておらず、先方の主張や侵害したとする特許権の内容等について確認できておりません。これに伴い、パルワールドの運営及び提供においても、中断や変更の予定はございません。 訴状を受領次第、必要な対応を行ってまいります。

「訴状を受領しておらず」とのこと

公式のニュースリリースを見る限り、両者の主張は平行線のように思える。
しかしながら、訴訟に踏み切ったということは、それまで幾多と重ねられてきた議論や和解の提案などが決裂した結果ということは容易に想像できる。

本題

この話題に関しては、あくまで「中立」で「静観」というポジションを取りたい。

それとは別に「なぜ他社有名タイトルと似た作品がリリースされるのか」「なぜパクるのか。そうでなければなぜ似てしまうのか」「それが原因で訴訟とか起こったらどうなるのか」「っていうか訴訟とか全然起こってないじゃん!」などなど、思うところも多いだろう。

前置きが長くなった。
今回はそのあたりの話に言及したいと思う。

ゲームは何かに似る、という話

まず大前提として「ゲームは何かに似る」
創作はなにかにインスピレーションを受けて行われたりするが、全くのゼロからモノを生み出すことは非常に困難だ。
ましてや企業として「ある程度の利益」を目的にするならば、ゲームという高コストでリスクの高い商品で、勝ち目のない賭けはできまい。よって、どの企業も少なからず、成功した前例を参考にする。

「○○が売れてるから○○っぽいゲームを作ろう」などという動きは、利益を生み出すことが目的の企業としては、至極当然で当たり前の考え方・判断である。
うまくいくかどうかは別の話だが、最初の指針としては全く問題ない。
ときメモが売れてるから恋愛シミュレーション作ろう、というノリだ。

偉大な先達とその後継者と、まさかの令和リメイク

過去の記事で、ゲームを企画・制作する際に、コンセプトが重要であることにはたびたび触れている。

企画の形(○○が売れてるから○○みたいなゲームを作ろう)からもう一歩、「なんのためにそのゲームを作り、それはなにがおもしろいのか」の言語化が必要だ。

コンセプトを言語化するときは、ふわふわした「企画」の余計な要素をそぎ落として、ソリッドな「コンセプト」を取り出すイメージだ。
故に「ポケモンっぽいゲームを作ったら売れると思うから作ろうぜ!」という企画から取り出されるコンセプトは、それを担当・決定する企画者の数だけ無数にある。

ある人は「かわいい動物のビジュアル」に求めるかもしれない。
ある人は「モンスター集め」、ある人は「ストイックな育成」
ある人は「バトル」にコンセプトを定めるかもしれない。

想像は無限大

つまり、企画の原点に「っぽい」があっても、コンセプト段階で別物になる(ハズ)なのだ。

で。
工程としては、確定したコンセプトを「どのように実現するか」に移る。

「モンスター集め」に方向性を振ったチームはキャラクターの数や分布、採集ギミックを詰めるだろう。
あるいは「バトル」に振ったチームは、ルールやパラメーター、エフェクトやギミックを詰めるかもしれない。
こうして、コンテンツは煮詰められ、どんどん多様化していく。

こうして、様々な工程を多くの人の手が加わり、あとは社風やブランドイメージ、偉い人のこだわりやユーザーの反応をみながら、制作中のゲームはどんどん変わって、唯一性を確固たるものにしていく。

企画時点で「っぽいモノ」がスタートだとしても、問題ない理由はこういうわけだ。

それでも「模倣品」はある

それではなぜ稀に「パクリ」や「劣化コピー」が生まれ、たびたび問題になるのか。
理由はいくつかあるので、順番に説明していこう。

先に挙げた「企画→コンセプト→制作」の流れは、言ってしまえば理想論である。ぶっちゃけそんなうまくはいかないし、期間も予算も限られていることが多い。
(もっとも、そのリソースが限られている状況で、それなりに及第点を挙げていく手法のひとつがコンセプト設計主軸の方法論なのだが)

例えば、時間がない。さて、そんなとき人はどんな行動をとるのだろうか。
それは「まず見えるところを作る」だ。
よく「ルック」という言い方をする。
スケジュールの進捗を報告するとき、成果物の提出が必要だったりする。で、成果物が全部でどれだけあるうち、何パーセントが終わっているか報告を求められる。

報告しなければいけない身からすると、わりと切実な状況だ。
しかしながら、内容が決まっていないのに見た目だけ整えることに、言い訳以外の意味があるだろうか。
仮で動かすならフリー素材のアセットでも棒人間でもいいのだ。
仮素材に力を入れても、どうせ作り直すことになる。

現場の人間はみんなそれはわかっているはずなのだが、社内の偉い人や他社間でやりとりされる報告に、上記の「表面的な具体性」は必要とされる。
無理もない。みんな安心したいのである。
(このあたり、安心させるテクが、すなわちプロデューサーやディレクターの手腕のひとつなのだが)

話を戻そう。
企画が立ち上がってから、コンセプトを定める前にルックの制作が進んでしまう。最悪なシナリオは、そのルックに引きずられる形でコンセプトがおざなりになってしまう場合だ。

「どこどこはどうしましょうか?」
「あー、そこは○○っぽくしよう」
「ここどうします?」
「あー、そこも○○の仕様参考にしてー」

よくある開発現場

こういった会話もよくある。

例えばキャラデザ
例えばシナリオ
例えば世界観や設定
操作感やアクション、エフェクトの雰囲気。
どこかで見たようなルールやシステム。

なんちゃらクエスト

そういったものは、「とりあえず○○っぽく(あとで詰めて直せたら直す)」がそのまま放置されてそのままリリースされた結果だったりすることがままある。

ふわっとした企画からスタートし、大切な「ユーザーにどんなゲーム体験を届けるか」が疎かなまま「なんとなく」で製作が進行し、なにかっぽい劣化コピーが品質も微妙なまま作られていき、期間か資金の関係で不本意ながらもリリースせざるを得ない……。

んまあ、ない話ではない。

話をまとめると……

()
  • 企画の着想は別の何かであることは多い

  • が、コンセプトやユーザー体験を考えて再構築する必要がある

  • 疎かにすると、諸々の都合から「何かっぽい劣化コピー」になったりする

  • が、別段珍しい話ではない

  • ので、普通なら誰も咎めることはない

  • (ユーザーは怒るかもしれない)

パルワールドの場合

さて。それでは冒頭のパルワールドの件に戻ってみよう。
ここからは、個人的な見解になるので、的外れなことを述べるかもしれないが、まあ適当に聞き流していただきたい。
もともと本記事はそういう趣旨である。

パルワールド自体には、問題はない

パルワールドは、おそらく複数のモチーフから着想を得ている。

あくまでポケモンはその中のひとつに過ぎないのだろう。
施設の建設や、労働力を雇ってアイテムを生産するなどの要素には、いくつか心当たりがある。
このあたりでは、特に咎められることはないだろう。

そして、きちんと作り込んでいる。
コンセプトの設計や、このゲームはなぜおもしろいのか、ユーザーにどのような体験を届けるのか。
それらが企画段階で整理され、再構築されている。
他のゲームから着想を得た要素を、うまくハマるように組み立てている。
上手いし巧い。

それらがうまくいったのは、売り上げや知名度などの結果が証明してくれていると思う。
そして、これらの成功に関しても、なんら咎められることはないと考えている。

ではなにが気に入らないのか

先にも述べたように、ゲームは互いに参考にしあって発展してきた文化であり、そういう業界だ。
パクリパクられともいうが、それらはお互い様である。
優れたものは参考にすべきだし、参考にされることは優れている証であった。

かつてそこにはリスペクトと呼ばれる感情があった。

先達への尊敬の念とでも言おうか。
同業他社への理解と言おうか。
そういう「お気持ち」的なところは、ゲーマーやゲーム制作者たちは、複雑なゲーム業界の中でうまくやってきていたと思う。

昨今、ゲーム産業は多いに成長してきている。
生み出す利益は莫大になっているし、デバイスやハード・制作環境やツール・プラットフォームの充実などから個人でもそれなりなゲームが制作できるようになっている。
個人や少人数でゲームを制作し、多くの人に自分の遊んでもらうのはもはや夢に描いた話ではない。

かつては多くのコストがかかっていた部分が無料に近くなり、反面配信や課金のシステムが整備されたことにより、得られる利益のコストパフォーマンスが高くなった。
それにより、新たにゲーム業界に企業が参入したり、個人や少人数でのインディーゲーム制作が活発になっている。

そうなると、どうしても気になってしまうのはフリーライドだ。

フリーライドとは「他社が築き上げた信用と名声に便乗して利益を得ようとする行為」「利益は享受するが、そのために必要な費用は出さないこと」とされている。

もともとは「無賃乗車」を意味する

現状問題になっているのはこれなのではないか。

ゲーム業界やゲーマー文化は、これまで多くの人が苦労して作り上げてきた文化であることは否定しようがないだろう。
しかしながら、先人の手で舗装された道を楽に進んで、利益だけは享受しようというのは、やはり心情的には気になってしまう。

時代は変わったし、今はそういう時代だし、これまでの資産にフリーライドして利益を生み出していく者たちが、これからの時代を作るのかもしれない。
が、それらをすべて自分たちだけで成し遂げたと思っているのならば、いささか謙虚さに欠けるのではないだろうか。

ましてや、メインキャラクターを悪意を持って模倣し、それを先達に対して礼節のない使い方をすればなおさら、だ。

コメントは避ける

「これが許されるのであれば」と悪意を持った自称ゲーム開発者や、企業倫理を持たない自称インディーゲーム開発ベンチャーがフリーライドを目的に参入し、全体としての民度・治安が悪化することは想像するに難くない。

長期的に見て起こりうるこの事象を危惧し、今回任天堂は訴訟に踏み切ったのではないか、と推測することもできる。

冒頭で、任天堂がポケットペアを特許権の侵害で訴訟したと述べた。
訴訟はされているが、恐らくポケットペア側は「見た目がポケモンに似てるから」訴えられたわけではないだろう。

キャラクターが似ているだけでは著作権といえども言い逃れはできる。
だから任天堂は「特許権」というよりピンポイントな訴訟を行ったと考えられる。

なぜそれほどまで強く、訴訟に踏み切られたのか。
強いて言うならば、それはこれまでのゲーム業界を作りあげ、発展させ、支えてきて、今もなお頑張っている人たち全体・不特定多数に対して、ケンカを売ってしまったからのように見える。

あくまで各個人が感じる心情的な問題が根幹にあるので、賠償がいくらだったとか謝罪して解決とかは興味がない。そもそも、今回の件に関してはすっきりした結果になることは期待していない。

おそらくこれで終わりではなく、これが時代が変わっていく始まりなのだろう。

せめて、今自分たちがゲームを楽しめており、開発ができて、なんなら利益も享受できていることに、先人たちの努力や苦労があったことを忘れないでほしい。悪意を持ったフリーライダーにならないでほしい。倫理観を持ってほしい。特に、これからのゲーム制作者たちには。

最後に

今回の件で「任天堂が横暴」だとか「ポケットペアが悪い」とか「インディーゲームが気軽に作れなくなる」とか、いろいろな意見が散見されるが、個人的には「どれも問題の本質ではない」と考えている。

長々と書いた通り、パルワールドは特に間違った責められるような違法なゲーム作りをしたわけではないので、そこが訴えられるわけではないし、当然他のインディーゲームクリエイターが委縮する必要はない。
任天堂としては、然るべき点を然るべきところに訴訟しただけなので、妥当だろう。

リスペクトと謙虚さがあれば、違った結果になったのかもしれない。

本当に最後に

あ。でもポケットペア。
「訴訟された自社の問題」をしれっと「インディーゲーム開発の小さな会社なので~」とすり替えようとしているのは、さすがに悪意のある発言だと取られても仕方がないと思う。

自分のけじめは自分でつけてほしい。

前述の通り、作られたゲームには罪はないのだから。

ニュースリリースより

当社は東京を拠点とする小規模なインディーゲーム開発会社です。

私たちの目標は常に楽しいゲームを作り続けることです。この目標は今後も変わらず、多くのゲーマーの皆様に喜びを提供するために、ゲーム開発を続けます。

ニュースリリースより

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