D2Cブランドのコングロマリットを目指す「Pattern Brands」
D2Cブランドの市場の成長は、IPOだけでなくM&Aも加速させた。百貨店や大手企業に買収されるブランドも増えた一方で、近い価値観を持つD2Cブランドのコングロマリットとして新進気鋭のブランドを買収してホールディングス化する企業も生まれた。
中でも成功例として語られるのが「Pattern Brands(パターン・ブランズ)」だ。
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人気ブランドのローンチを手がけるエージェンシーからD2Cブランドのコングロマリットへ
Pattern Brandsは2019年に設立され、現在7つのD2Cブランドを傘下に持つホールディングス企業だ。2022年には2500万ドルでシリーズBの調達を行なった。
企業としての歴史はまだ5年足らずだが、実は数々の人気D2Cブランドを手掛けてきた人気エージェンシー「Gin Lane」がその前身であり、エージェンシーとして10年以上かけて培ってきたD2Cの知見がいかんなく生かされている。
Gin Laneは50以上のスタートアップのローンチを支援し、Warby Parker、Everlane、Harry’s、Sweetgreenといった名だたるブランドを担当。その評価額は150億ドル以上とも言われる。
D2Cのブランディングの第一人者とも言えるGin Laneの強みは、クリエイティブの世界とビジネスの世界どちらにも精通し、感覚ではなく理論をもってブランディング戦略を作り上げてきた点にある。また、それまではシンプルな商品写真の羅列がほとんどだったECの世界で、「その商品があるシーン」を見せることでブランドの世界観を表現する流れを作り上げたのもGin Laneだ。
店舗での体験がなくともECのみでブランドの哲学や世界観を打ち出し、ブランドの熱狂的なファンを作り出すD2Cのクリエイティブ戦略のプレイブックは、Gin Laneが確立したといっても過言ではない。
ブランディングの第一人者として支持を受けてきたGin Laneだったが、2019年8月に突如エージェンシーとしての活動を終了することを発表。 同時に、新たに「ブランドのプラットフォーム」として立ち上げたのがPattern Brandsだ。Gin Lane時代に培った知見を生かしながら、ブランディングにより深く・継続的に関わることでよりサスティナブルで魅力的なブランドづくりに寄与していくと発表した。
「日々の暮らしを楽しむためのブランドのプラットフォーム」としてのブランド連合体へ
Pattern Brandsを立ち上げた2019年当初はオリジナルブランドの二つ(EqualParts、OPEN SPACES)のみだったが、その後キッチンツールブランド・GIRの買収を皮切りに、インテリア関連のブランドを次々と買収し、2024年時点で七つのブランドのホールディングスとなっている。
こうしたD2Cブランドのホールディングス企業には、Pattern Brands以外にもVery GreatやWin Brands Groupといった名前が挙げられる。しかしPre-COVIDによるD2Cの減速や消費の冷え込みによって同業他社が苦戦する中でも、Pattern Brandsは着実に成長を遂げている。
Pattern Brandsの特徴の一つは、キッチンツールやタオル、収納アイテムなどインテリアアイテムに特化している点だ。企業として「日々の暮らしを楽しむ(Enjoy Daily Life)ためのブランドのプラットフォーム」をミッションに掲げており、ブランドの収益性や成長性だけではなく、Pattern Brandsの哲学や世界観に合うかどうかも加味して買収企業を選定している。
ブランドそれぞれの見せ方は異なるが、Pattern Brandsのサイト上でのブランド一覧ではトンマナを揃えて統一感を持たせるなど、各ブランドのみならず「Pattern Brands」としてのブランディングも意識している。
それぞれのブランドらしさは生かしつつも、ひとつのブランドのファンが他のPattern Brands傘下のブランドにも興味が持てるよう、統一された世界観でのクリエイティブも発信することで、ホールディングス企業ならではの相乗効果を作り出している。
また、グループ全体での共通認識を持つためにPattern Brandsでは "Mia"というペルソナグループ共有しており、Miaの日常にいかに彩りを作り出すかという視点で商品づくりから購買体験までをデザインしているという。
ブランドらしさを生かしつつグループとしての相乗効果を出すため、Pattern Brandsでは組織を下記の3つの階層に分け、ブランド独自に判断するべき領域とグループ全体で揃えるべき領域を明文化している。
ブランドマネジメント:ブランドごとに独立して行う
ブランド体験向上(ブランドマーケティング、クリエイティブ、データ分析、サプライチェーン&ロジスティクス、カスタマーエクスペリエンスなど):ブランド横断で企業として一括して行う
※新しいブランドの買収業務は別の独立したチームが行うバックオフィス業務(会計、法務、人材管理など):グループ全体で共通して行う
ブランド体験向上のための業務をブランド横断で行うことで業務コストが圧縮されるのはもちろん、卸先などの販路開拓においてもコアターゲットが近いブランド同士を同時に売り込むことで相乗効果を見込むことができる。
ブランド単体のみならず、複数のブランドを束ねるプラットフォームとしての「Pattern Brandsらしさ」を作り上げている点が、D2Cブランドのコングロマリットを目指すPattern Brandsの最大の特徴と言えるだろう。
Pattern Brands傘下の7つのブランド
現在、Pattern Brandsの傘下には生活雑貨を中心とした7つのブランドがある。
デザイン性の高いストレージアイテムブランド・OPEN SPACES(オープン・スペーシズ)
Pattern Brandsの立ち上げと同時にローンチされたストレージアイテムのブランド。「収納を楽しむ」をミッションとしており、シューズトレイやストレージボックスが人気。
高機能なベッドリネン・Miracle(ミラクル)
最新技術によってクリーンな状態や涼しさなどの機能性の高いシーツや枕カバーなどのベッドリネンを販売。もっとも最近に買収された。
速乾性と抗菌性のあるワッフルタオル・Onsen(オンセン)
速乾性があり、雑菌が繁殖しづらい生地を使用したワッフル地のタオルブランド。一般的なタオルに比べて耐久性も高いスーピマコットンを使用。2018年にローンチされ、2023年にPattern Brandsが買収。
ポップなステーショナリー・POKETO(ポケト)
カラフルでプレイフルなステーショナリーブランド。2022年夏に2500万ドルで買収。
機能性とデザイン性を両立するキッチンツール・GIR(ギア)
使いやすさとデザイン性を両立するキッチンツールブランド。ブランド名のGIRは "Get it Right" の略。ブランド自体は2012年にローンチされ、Pattern Brandsとして初めて買収したブランドとなった。
カスタマイズ可能なタイルマット・Letterfork(レターフォーク)
玄関マットなどに使うタイルマットを、好きな文字や柄にカスタマイズできるブランド。タイルを組み合わせることで、購入者自身が気軽に手作りできる。
アーティスティックなインテリア雑貨・YIELD(イールド)
グラスやお香立て、キャンドルなどのインテリア雑貨を扱うブランド。2012年にローンチされ、Pattern BrandsのECでの取り扱いがきっかけとなり、2022年にホールディングス傘下に入る。
「D2C」から「DWC(Direct with Customer)」へ
Pattern Brandsは長年D2Cブランドに携わってきた経験から、直接販売のビジネスモデルを指す「D2C」ではなく、顧客のエンゲージメントを高め、ブランドへの愛着を形成する「DWC(Direct with Customer、顧客との直接的なつながり)」の考え方を提唱している。
EC関連のツールが発展したことでブランドを立ち上げるハードルは下がったものの、ブランドが乱立したことで顧客に選んでもらうためのハードルは年々上がっている。もはや直接「販売する」だけでは差別化にはつながらず、いかに顧客と直接「つながる」かが重要になっている、とPattern Brands創業者のEmmett Shineはインタビューで語っている。
共同創業者でありPattern BrandsのCEOであるNicholas Lingも、自身のXでD2CとDWCの違いを解説する投稿をしている。
Pattern Brandsが買収先をAmazonなどのホールセールを軸にしたブランドではなく、Shopifyをベースに販売しているブランドにフォーカスしているのも、ブランド体験をコントロールできる余白が大きく、ブランドのファンと直接つながりやすい点が理由のひとつだ。
特に彼らが重視しているのが、「商品を販売する」という一方通行の考え方から顧客の声を聞き、深く理解する双方向のコミュニケーションだ。Pattern Brandsのブログでは、「ブランドは単に商品を提供するのではなく、帰属意識も生み出している」と表現されている。
ブランドはこうしたコミュニティの規模をSNSのフォロワーやニュースレターの購読者数によって測ろうとしがちだが、Pattern Brandsは2008年にKevin Kellyが提唱した「1000人の本当のファン」の理論を引用しながら、ブランドとの強固なつながりを作ることの重要性を説いている。
特に、デジタル化の時代でもリアルな人間関係内での口コミが持つ力は不変であり、フォロワー数などの目に見える数字を追うのではなく、熱心にまわりに勧めてくれるファンを生み出すことを重視すべきだという。
そのために必要なのはブランドのコンテンツを作る際に「個人的な言葉」で語る意識を持つことだとPattern Brandsのブログでは解説されている。ブランドの視点ではなく、いち消費者としての個人的な経験や感覚から導き出された言葉こそが顧客に自分ごととして届きやすく、ブランドへの共感を作り出す。
直接販売する意味での「D2C」はビジネスモデルというよりも販売チャネルのひとつでしかなく、卸やホールセールを含めたマルチチャネルが当然となりつつあるが、ブランド運営において顧客と直接「つながる」ことの重要性はますます高まっている。
顧客を深く知り、深くつながる「DWC」の考え方にアップデートしていけるかどうかが、ポストD2C時代の新たな課題となっていきそうだ。
(カバー画像:Pattern Brands Officialより)
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