自分がされたら嫌なことを他人にしないということ
会社の研修でリモートハラスメントについての動画をみた。
在宅勤務が「新しい生活様式」のひとコマになり、もともと仕事をすることを想定していない自宅という環境でテレビ会議をおこなうことは、ずいぶん日常になった。私自身、男性ばかりのテレビ会議に出席した当初、冒頭に「女性はお化粧しなきゃいけないから大変だよね」なんて、おじさん20人の面前(?)で労われたが、会社に(遅刻以外で)すっぴんで行ったことなんてないし、そもそも眉毛を描かないと誰か分かってもらえない顔だし。ヒゲぼーぼーで会議に出るおじさんが居ないのと同じことですよ、と言いたかったが咄嗟に思いつかなかった。でも、後日他の出席者に「あれはセクハラだと思う」と苦笑いされた。男性でも、そう感じる人はいるのだろう。
さて、このリモハラ研修動画の言わんとするところは、つまり「どこでどう人を傷つけたりするか分からないんだから、画像に映り込んだ部屋の印象とか部屋に置いてあるもののこととか、とにかく余計なことは言わないで淡々と業務だけに集中しなさいね」「自分がされたら嫌なことは他人にもしないように」というところだったのだが、私がいつも分からないのは自分がされたら嫌なことは他人にもしないように、という考え方だ。
何も、自分がされたら嫌なことを他人にどんどんしましょう、ということではない(モチロン)。でも、自分がされたら嬉しいことを他人にしましょう、というのも同じくらい乱暴だと思っている。だって、自分と他人は別の人間なのだ。そこを思考停止して何でもかんでも自分が良いと思うものを『自分だけ』の価値観で相手に渡したって、相手も内心困るはずだ。そこに相手の視点がなければ、何だってハラスメントになり得る。
もっと想像力を働かせましょう、とよく言われるけれど、本当に想像力を働かせるということは、はっきり言ってそんな生易しいことではないと思う。何人もの人と対話を重ねて、周りの人をよく観察して、生い立ちや家族関係、健康状態や本当の願望も理解しなければ、相手の世界の一ミリも分からないんじゃないかと思う。
自分がされたら嫌なことをしないのではなく、『相手が』されたら嫌なことをしないのが、本当の優しさだと思う。そして、そもそも男性と女性は全然ちがう生き物だから、女性がされたくないことを男性は分からないし、男性がされたくないことは女性だって分からない。そこも含めて、相手の世界を理解しようと試みる姿勢が、優しさなんじゃないかと思う。
私は、ヒゲぼーぼーのおじさんが会社のテレビ会議に出てきても、あー寝坊しちゃったんだな、と笑って許せる側にいたい。
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