「感情」という言葉とその類義語
私たちは,心のひとつの側面としての「感情」についてよく知っています。しかし,実は「感情」の学術的な定義はそれほど明確になってはいません。いくつかの辞書を引き比べてみると,感情の定義は様々で,意外とあいまいなままになっている概念であることがわかります。今回は,心理学の視点から「感情」とその類義語について見ていきます。
日本語と英語の対応関係
「感情」と類似した用語には,気分,情動,情熱,情緒などがあります。これらに対応する英語には,emotion, mood, feeling, affect, passionなどがあります。
emotionは「情動」と訳されることも多いですが,訳語がひとつに定まっているというわけではありません。たとえば,1992年に設立された日本感情心理学会の英語名称は,Japan Society for Research on Emotionsとなっていて,emotionの訳語には「感情」があてられています。
一方,日本語と英語の対応が明確になっているのは,mood(気分)です。いろいろと紛らわしいですが,この記事では「感情」を総称的な用語として扱うことにします。
「気分」と「情動」
日常的に用いられる言葉としての「気分」は「気持ち」とほとんどイコールだと思われます。例文を挙げます。
① 今日は穏やかな気分だ。
この文の「気分」を「気持ち」に置き換えても,文の意味はほとんど変わりません。心理学の用語としての「気分」は,長時間にわたって持続する比較的弱い感情を指します。一方,「情動」は急激に生じて短時間で終わる比較的強い感情を指します。このように,専門用語としては持続する時間と強度によってはっきりと区別されています。①の文の「穏やかな気持ち」は長く続いていそうなので,厳密には「情動」ではないといえます。例文をもうひとつ挙げます。
② それを見て怒りがこみあげた。
この文の「怒り」は急激に生じた強い感情なので,「気分」ではなく「情動」だといえます。この怒りが持続すれば「いらいらしている」というような,怒りの「気分」に移行していくと考えられます。
心理学の専門用語としてではなく,日常語としての「気分」はより広い意味で使われています。長く持続する感情でなくても,主観的に感じた気持ちを指す言葉として「気分」が使われることはかなり多いと思われます。ますます紛らわしい話になってきていますが,私は論文を書くような専門家が意識する程度の違いにすぎないと考えています。
この記事では「感情」を総称的な用語として扱い,「気分」と「情動」の区別を紹介しました。分野によってはこういった区別さえもあいまいになっているのを見かけます。私は以上のような理解で使い分けをしながら,これらの言葉を見かけたときは使われ方に少しだけ注意を払っています。日常のなかでこれらの言葉が実際にどのように使われているのかということを意識してみると,面白い発見があるかもしれません。
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