感情はどのように分類できるか
私たちは,心のひとつの側面としての「感情」について,経験的にはよく知っています。しかし,私たちの心を扱う心理学の分野では,「感情」の定義はそれほど明確になってはおらず,認知や知覚といった機能と比べると,研究が進んでいるとはいえません。一方で,すでにわかっていることも多くあります。今回は心理学と文学の視点から,私たちがよく知っている「感情」の分類について見ていきます。
基本感情説と次元説
感情には,喜び,恐れ,驚き,嫌悪,怒り,悲しみなどの基本感情が存在すると考える基本感情説と,感情が快―不快,覚醒―睡眠などの次元上のひとつのベクトルとして表されると考える次元説があります(濱・鈴木, 2001)。基本感情説を代表する有名な研究者にはエクマン (Ekman) がいます。エクマンによると,基本感情の組み合わせによって,異なる様々な感情が生じます。一方,次元説で有名なのがラッセル (Russell) です。ラッセルが提唱したのが,感情が快―不快と覚醒―眠気の2次元上に配置されるとする円環モデルです。
感情の円環モデル(Russell, 1980, p. 1167, Figure 2をもとに作成)
このモデルはおそらくけっこう有名で,いろいろなところで見かけます。2つの説には,感情が個別の要素に還元されるものであるのか,それとも連続するものであると考えられるのか,という違いがあります。しかし,これらは対立するものというよりはむしろ,感情を異なる視点で捉えたものであって,どちらも私たちの感情への理解を深めるものと考えたほうがよいでしょう。
アカデミック(学術的)な議論はさておき,ラッセルの円環モデルで着目したいのは,感情を表現する言葉が28個並んでいるという点です。軸を設定することによって,感情の言葉(感情語)が整理されるという視点はとても興味深いと思われます。
感情は小説の世界で豊かに表現されている
アカデミックな世界で研究が進められていますが,文字としての感情が最も豊かに表現されているのは小説ではないでしょうか。ここまでは心理学の視点から感情を見てきましたが,ここから文学に視点を移します。
素晴らしい小説の作品は枚挙にいとまがないので,この記事では感情語に関連する文献を取り上げたいと思います。小説の作り手のために書かれたものとして,『感情類語辞典』(アンジェラ・アッカーマン/ベッカ・パグリッシ,フィルムアート社,2015)という本があります。この辞典では,75個の感情語について,「外的なシグナル」(第三者も認識できる外側に表出する反応),「内的な感覚」(生理的反応),「精神的な反応」(感情に由来する思考パターン),「強度の、あるいは長期の感情を表わすサイン」,「隠れた感情を表わすサイン」という項目に分けて,各感情に関連する反応(情報)がまとめられています。例えば「満足」では,「外的なシグナル」として「ガッツポーズをする」,「内的な感覚」として「体中が温もりに包まれる」,「精神的な反応」として「自分の成功をみんなに伝えたいと思う」といったように,人間の感情に関わる心理描写が例示されています。
この本は創作のための「参考書」ですが,感情の文学的表現が豊富にあるということを端的に示してくれています。感情に関わる反応には文化差があることが知られていて,本書がアメリカの文化を基準にして書かれている翻訳書であることには注意しなければなりません。しかし,感情の見出し語が75個も示されていて,これに対応する英単語が示されていることから,少なくとも異文化間で創作において共通する感情項目がこれほどあるということがわかります。さきほど取り上げた円環モデルに,これらの見出し語がどのように当てはまるかを考えてみるのは面白いと思います。
以上,感情の分類について,心理学と文学の視点から述べてみました。近年は感情研究の論文がたくさん出てきていて,感情研究が発展してきていることがわかります。現在は,感情を分析して実生活に応用する技術に注目が集まってきています。今後も技術の発展とともに,感情についての理解が深められていくと思われます。感情は,いつでも私たちの手の届く位置にあるけれども,考えてみるとなかなか難しくもあるという,とても面白いテーマだといえるのではないでしょうか。
引用文献
アンジェラ・アッカーマン/ベッカ・パグリッシ 滝本 杏奈 (訳) (2015). 感情類語辞典 フィルムアート社
濱 治世・鈴木 直人 (2001). 感情・情緒(情動)とは何か 梅本 堯夫・大山 正 (監修) 濱 治世・鈴木 直人・濱 保久 (編) 感情心理学への招待―感情・情緒へのアプローチ― 新心理学ライブラリ17 (pp. 1–62) サイエンス社
Russell, J. A. (1980). A circumplex model of affect. Journal of Personality and Social Psychology, 39, 1161–1178.
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