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F.クープラン「クラヴサン曲集」プログラムノート 第3オルドル その2

後半7曲は全て標題を持ち、長短調の入れ替わりによるコントラストがジェットコースター状態で楽しい。トンネルを抜けたら太陽が燦々と降り注ぐ別世界、元気なハ長調で開始する。
「Les Pélerines 巡礼」 3部分からなる小組曲のような構成。第1オルドルにあった「Pastorélle 羊飼い」と同じく、バラールにより歌曲ヴァージョンがクラヴサン曲集より前に出版されている。タイトルからすぐに思い浮かぶのはルルドやサン・ティアゴ・デ・コンポステーラのような「信仰を深めるため遠方聖地への徒歩旅行」だが、付いている歌詞を読めば、そんなものではないのは明らかである。現代のアニメファンの「聖地巡礼」の方が近いかもしれない。
La Marche, Gaÿement 行進 陽気に 歌詞は初めから「愛の神殿、シテールの巡礼、、、」とあり、「その目的は甘い溜め息と優しい望み、褒美は喜び」なのだ。つまりシテール島へ船出する男女以外の何者でもなかろう。ヴァトーの絵画や、果てはドビュッシーのピアノ曲等が想起されるが、クープラン自身もクラヴサン曲集第3巻に「シテール島の鐘」という曲を載せている。歌版の方にはリトルネッロが挿入され、旋律も少し違うので参照されたい。今回のサムネイルの画像に一部を載せた。RITOURNELLE Chantante と書かれているが歌詞はその部分には付いていない(現在調査中)。
La Caristade, Tendrement 喜捨、お布施 優しく 曲は短調になり、熱き情の炎が語られる。元歌は6/4拍子で書かれていたがクラヴサン版では6/8に変えられた。表想記号は両方とも同じくTendrementである。拍子記号が変遷してゆく時代の潮流の中で、6/4では遅く弾かれ過ぎるので変更したのではと考えられる。
Le Remerciement, Légérement 感謝 軽快に 冒頭は2曲目と全く同じだが長調になっている。歌版ではGay(陽気) との表記で6/8拍子はそのままだが、テンポは少し上げられよう。クラヴサン版にはクープラン得意の旋律を16分音符に細分化した愛らしいPetite Reprise が加筆されている。
この曲に関しては同じnote内にある「影踏丸」氏の投稿(鍵盤楽器音楽の歴史第111回「愛の女神の島」)に詳しいので一読をお勧めしたい。https://note.com/kagefumimaru/n/n6ccfe8c4c34b
「Les Laurentines, Gracieusement ロランティーヌ、優雅に」 前半の長調部分はあくまで優雅、かつ清楚な印象さえ受ける。鍵盤の中央から1オクターヴ下降してゆく単純な低音の上にさらっと描かれた、滑らかな2つの線の美しさを味わっていただきたい。短調になった後半部は随所にみられる両外声10度並行と、内声の同じ音のシンコペーションが子守唄のように耳に残る。最後は前半部が1オクターヴ違いで2回再現されるので、二部で書かれてはいるが三部形式のように聞こえる。単純だが不思議な落着きと魅力に満ちた曲である。タイトルは複数なのでロラン家の人々、とも考えられるが具体的に誰なのかは不明。1690年に出来たパリのカフェ・ロラン(ヴォルテールやサルトルなど、文人の集った店。6区のドーフィーヌ通り33番地に現存する。ジャズなどのライヴも行うカフェバーで、5つ星ホテルに併設されている。)と関係するという説もある。
「L’Espagnolète, D’une légéreté modérée エスパニョレット、中庸な軽快さで」 楽譜を開いてまず目に飛び込んでくるのは、3度順次上行する単純な主題に付けられたターンの装飾記号 ∾ 、これがやたらに多い。24小節中、22個もある。これはフランスで古い家やアパートに住んだことがある方にはピンとくるだろう、両方に開く窓に付けられるロック装置の一種で、大体S字型をしている(日本ではイスパニア錠とも呼ばれる)。恋する男はドアよりも窓から入って来る方を好む、、、という記述も見かけたがどうなのだろうか?クープランはこういった視覚的な効果が大好きらしい。もちろん文字通りスペイン娘や踊り、というのもありだろう。しかしそんな悩みも不必要な、大胆かつ繊細な名曲の一つとなっている。
「Les Regrets, Languissamment 後悔、物憂げに」 短調が続くがキャラクターは全く異なる。フュルティエールの辞書 (1690年) の記述そのままに「何かしてしまったこと、失くしてしまったことに対する苦悩、悲嘆、憂鬱」を音で描写した一幅の絵画である。m2などに見られる外声のSi♭とSi♮の痛い対斜、m5からの休符による溜め息や躊躇いがちな進行など、耳にも判りやすい。クープランが新しく発明したというsuspensionという装飾を、ここでは記号でなくリズムで書いているのにも注目したい。個人的にはm14からの右手最高音から一気に2オクターヴ下降するところ、m17以降の左手16分音符(m5の音形の縮小)に対する右手の動きなど、大胆な場面が後半終結部に向かって次々押し寄せて来るのがお気に入りである。前半のうじうじした気分を振り切るようなこの音群は、主人公の心情の変化なのだろうか?
「Les Matelotes Provençales, Gaÿment  プロヴァンスの水夫の踊り、陽気に」 快活なハ長調に戻る。二部構成で、2拍子の第一部冒頭は「巡礼」に雰囲気が似ており、いかにも元歌がありそうだ。後半は右手の4度の跳躍が頻繁に現れ、最高音do3を惜しげもなく使用する。第二部は6/8拍子になり、さらに飛び跳ねるような動きの多い音形が続く。これを「水夫の作る魚料理」と解説している記事もあるが、音楽から見えてくるのはダンスのステップに他ならない。当時の有名な振付家R.A.Fuilletの1707年の舞踏曲選集には6/8拍子の ” La Matelotte” が楽譜付きで掲載されている (音楽はマラン・マレの1706年のオペラ「アルシオーヌ」第3幕第2場 Marche pour les Matelotsである。この辺もIMSLPで簡単に見つけられるようになったのは有難い限り、私が学生の頃だったら想像もつかない便利さだ)。
「La Favorite, Chaconne à deux tems, Gravement sans lenteur お気に入り 2拍子のシャコンヌ、重々しく遅くなく」 足取りの重い短調。ロンド主題低音の半音階進行が憂鬱さをダメ押しする。現代でも人気曲の一つである。さて、シャコンヌは普通3拍子である。他に2拍子で書かれたもので有名なのはA.フォルクレのヴィオール曲集第2組曲 (死後の1747年に息子が出版) の最後にある “La Buisson” だろう。こちらもロンド形式で書かれた名作である。J.J.ルソーの音楽辞典 (1767年) のChaconne項目には「昔は2拍子と3拍子のシャコンヌがあった(今はない)」との記述があるが、昔がいつの事なのかには言及していない。また「シャコンヌ」というのはスペイン継承戦争時、ヴェルサイユ宮廷の贅沢が制限された時に許された数少ない装飾品の一つ、幅広で長いリボンの名前という説もある。3拍子を倹約して2拍子にした、、、というのはあまりに短絡的な気もするが、クープランはわざわざ「2拍子」と言及しているのは何故だろう。やはり普通ではない、ということか。ここでの「お気に入り」はその倹約モードを推進したマントノン夫人なのかもしれない。曲はずっと短調のままだが、第5クプレ(ロンド主題に挟まれる部分)まである大曲なので主題は合計6回も弾かねばいけない。倹約には程遠いのだ。
「La Lutine, Tres vivement, et marqué リュタン、とても活発に、拍子を守って」 最後は再び元気溌剌なハ長調6/8拍子。リュタンは寝ている間に人を困らせる小妖精。当時の演劇や音楽劇 (ディヴェルティスマン) などにもしばしば登場したようだ。比喩的に「いたずらっ子」という訳もありだろう。初めから最後まで息もつかずに走り回っては、周りの大人にちょっかいを出している。これも音が全てを物語っているので敢えて何も書くことはない、、、とはクープラン本人の台詞なのだが。
 
第3オルドルを俯瞰してみると前の2つよりコンパクトで、舞曲と標題曲の数のバランスも良い。筆者にはどうも第1、第2オルドルは過去に作曲したものを少々無理矢理に詰め込んだ感が無きにしも非ずなのだ。音律面からみてもこの2つは1/4sc分割の中全音律でも演奏可能の曲が多く、その方が響きが良いかもしれないとさえ思われるものもある。しかし第3オルドルはハ短調が主調のためヘ短調、変イ長調和音が続出、使用法も大胆極まるので、かなり偏差の少ない音律の選択を余儀なくされる。この後第4オルドルの斬新とも言える曲の並び(次回をお楽しみに!)などと併せて考えれば、第3オルドル以降は出版が現実味を帯びてからの書き下ろし、とまでは行かなくとも時系列としては後のものなのかもしれない。

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