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F.クープラン「クラヴサン曲集」プログラムノート 第4オルドル

第4オルドル:1巻の中で唯一、フランス風舞踏組曲無し、標題音楽のみの構成である。曲数も4曲と他と比べて圧倒的に少ない。そう、これはもう画期的という他にないのだ。これ以前にフランスで出版されたクラヴサン曲集を見ても、私の知る限りこのような例はない。しかしクープランは次の第5オルドルで再びアルマンドから始まる形式、つまり第1から第3までと同じフォーマットに戻している。これは一体何を意味するのだろう?実は第4オルドルにも前半部分の舞踏組曲が存在したのかもしれない。それともこれは彼にとっても冒険的な新企画であり、他のものより後に書きおろされ、意図的にここに挿入したのだろうか?私は昔から、このオルドルが何か一つの台本に沿っているような感じがしてならないのだ。特定のディヴェルティスマンのための音楽だったのか、短い劇中劇のようなものだったのか。想像は尽きないが、コンパクトで名曲揃い、人気の高いオルドルであることに間違いはない。
「La Marche des Gris-vêtus, Pesamment, sans lenteur 灰色服部隊の行進 重々しく、遅くなく」
 「灰色服部隊の栄光を歌おう、飲む時は彼らの徳を歌うのだ!」と始まる愉快な元歌が1721年バラール出版の「酒呑みの歌集」の中にある。サムネイルに曲の冒頭を載せておいた。こちらはバス声部がつけられデュエットになっているが、オランダ、ハーグでJ.ノームによって出版されたものはメロディーのみ、どちらもト長調である。クープランはクラヴサンの響きを考慮してなのか、ここでは全音低くしている。「灰色服部隊」とは三十年戦争、フロンドの乱、オランダ侵略戦争などに登場するフランス6大元帥のうちの一人、名将として知られるテュレンヌ子爵アンリ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュの率いる銃兵隊である。当時の絵画などを探せばグレーの兵服の隊員を見つけることが出来るだろう。陽気な酔っ払い達の合唱と酒場の喧騒が生き生きと聞こえてくる。
「Les Baccanales バッカス祭り:
Enjoüemens Bachiques バッカスの陽気さ/Tendresses Bachiques バッカスの優しさ/ Fureurs Bachiques バッカスの怒り」 
古代ギリシャの酒と狂乱の神バッカスが主題の3部からなる作品。現在マドリード、プラド美術館所蔵ティツィアーノの作品に「アンドロス島のバッカス祭」という絵画があるが、まったくこの通りだろう。絵の中にはA.ヴィラールト(ルネサンス盛期のフランドル作曲家)によるフランス語のカノンの楽譜(古代ギリシャ音楽によるもの?)や笛なども描かれている。バッカスが島の地面を割るとそこからワインが流れ出し、河となったという。「百科全書 Encycropédie」の記述を一部載せておこう。「アテネの人々が盛大な儀式をもってバッカスを讃える宗教的な祭り。バッカスの巫女、又は女祭司が半裸で虎か豹の毛皮をはおり、葡萄の枝か蔦をベルトにし、夜のあいだ、ある者は髪を振り乱し手には松明、ある者は松笠を付けた杖(豊穣、繁栄、快楽の象徴)、蔦と葡萄の葉を巻きつけた棒を持って叫び、怒号をあげて走り回る。男達は半獣神の格好で巫女を追いかけ、ある者は歩き、ある者は驢馬に乗り、生贄のために花輪で飾られた雄の山羊を引いてゆく。この異教の祭りは無信仰と退廃の勝利と称された。」きっと歌詞が付いていたであろう、楽しげな2拍子のメロディーに始まる第1部、酩酊し、うつらうつらしている様子、お目当ての誰かを誘惑しているような甘い短調の第2部(ヘ短調なので、ある程度は音律の選択を考えなくてはいけない)、最後の第3部は些細なことから喧嘩が始まり、つかみ合いになり、それに便乗する人々でどんちゃん騒ぎとなってしまう。後半はいきなり初めのヘ長調に戻るが音楽はますます高揚し、騒ぎの収拾がつかないうちに幕切れとなる。大変分かり易い3連画を見ているようだが、やはり前曲の酒盛りから繋がっていると考えるのが自然だろう。
「La Pateline, Gracieusement パトリーヌ、優しく」 大騒ぎに疲れ果てた後は優美な3拍子が待っていて、弾いていてホッと一息という曲。この題名はフランス中世期で最も有名な「笑劇(farce)」である ”Maistre Pierre Pathelin” から来ている。今私の手元にあるのは1995年春のリクエスト復刊「ピエール・パトラン先生」、渡辺一夫訳の岩波文庫である。日本語で読めるのだ。元は15世紀の作者不詳劇 (ノルマンディ出身のベネディクト会修道士作という説あり) だが、1706年、つまりクープランが丁度この第1巻を用意していただろう頃、パリで3幕のコメディー「弁護士パトラン」としてリメイク上演されヒットした。金も客もない、ボロ服の弁護士パトランが巧妙に商人を言いくるめ高価な更紗をせしめる話である。ここから「パトラン」といえばおべっか使いのペテン師という意味に使われた。Patelinerという動詞にもなっている。音楽はそれに反するように(というかすっかり騙されているのか?)柔和で穏やかなうちに最後まで進んで行くのだが、前のバッカス騒ぎの後、なぜこの曲なのだろうか。疲れて寝落ちして夢を見ているのか。優しく撫でられているような分散3度の連続が大変心地よく、うっとりしてしまう。
「Le Réveil-matin, Légérement 目覚まし時計、軽快に」
飛び跳ねるようなイタリアンジーグに眠気は一挙に吹き飛ばされてしまう。一時代前ならこの曲で「曲名当てクイズ」をしたら、解答率はほぼ100%だっただろう。現代の若者は電子音の目覚ましの方が身近なのではないだろうか?初めてこの曲を弾いた時、昭和生まれの私は子供のころの目覚まし時計を思い出し、逆に18世紀のフランスに既にこのような時計があったことに驚いたのだった。現在最古と言われる機械式時計は14世紀のもので、フランス王がドイツ人技師に製らせたものだという。部屋のあちこちで高い音、低い音でベルが執拗に鳴り響く。初めはゆっくり目に(8分音符)、続いて早く(16分音符)、最後は最高音Do5が連打され否が応でも飛び起きるのだ。当時の辞書によれば時計そのものの他にアラーム、警告という意味もある。今までの3曲の物語は全て夢だったのだろうか?この曲は珍しく定冠詞が男性 Le であることにも注目したい。
 
さて、しつこいが、私にはどうしてもこの4曲が起承転結的な何かしらのストーリーを持っているとしか考えられない。11年前に東京都心で毎月開催していたクープラン・セミナーのメモにも同じような事が書いてあった。「何故ダンスがないのか。はじめからそういうコンセプトなのか、途中でやめたのか。出現和音の種類を考えると時系列的には1番新しい?オルドル全体で1つのディヴェルティスマン?題名は4曲とも当時の人々には分かり易いはず。」疑問は山積だが、音楽があまりに素晴らしいのでどうでもよくなってしまう自分がいるのだった。。。

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