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【アルギュストスの青い翅】第34話 夏の終わりの喜び
そのあと、大陸側の川岸の大学から親父の知り合いたちがどんどんやってきて、瞬く間に大規模な研究チームができ上がった。誰も招けなくて残念だと、ヴィーが寂しげに笑っていた部屋が活気にあふれかえる。俺は感無量だった。大きな声で叫びたいほどだ。もちろん心のうちでは何度もヴィーと喜びを分かち合った。
(やったな、ヴィー! 見ろよ、誰も彼もが驚いてる。そりゃそうだよな、この美しさ、この素晴らしさ! さすがだよ、ヴィー)
(ロトもないしアルギュストスもいないから、あの日のままの部屋じゃない。でも……、でもこれは間違いなく君の部屋で、君のお客さんたちだ!)
参加するにはまだ経験も年齢も満たないだろうと諦めていたら、特異体質を評価してもらえ、俺もこの名誉あるチームの一員として、残りの夏休みをデータ収集や解析に明け暮れることとなった。
それは驚くべきアルギュストスの次世代につながる新たな側面で、この発見に業界は大いに沸いた。親父が何度も「これからが楽しみだな!」と言っては、俺の頭をくしゃくしゃに掻き乱した。
恥ずかしさもあったから、そんな親父の愛情表現に対してただ笑うだけで済ませていたけれど、心の中ではヴィーに「俺とヴィーが新たなJの歴史を作るんだよ」と語りかけずにはいられなかった。
やがて、霧の出る日が多くなって気温もぐっと下がり、季節は移り変わる。大学からのチームは名残惜しげに引き上げていき、俺はこの町に残る者として仕事を任された。水質や空気のデータを取り続ける必要があったし、人が介入するようになってもその力は保たれるのかなど、今までに例を見ない長期にわたる調査は開始されたばかりなのだ。
そういうわけで、来年の夏チームが戻ってくるまで、俺はヴィーの舟で一人作業を続けることになったけれど、それは寂しいものでも辛いものでもなかった。何もかもが刺激的な研究の時間であり、大好きな友人との思い出にたっぷりと浸れる幸せな時間だったのだ。
ヴィーと出会ったあの夜、無毒のアルギュストスを夜に放ったあの夜には、到底予想もできなかった夏は、こうして幕を閉じた。
セルダの邸宅は町の協力もあり、文化遺産として残されることになった。建築様式や美しい装飾も価値あるものには違いないけれど、なによりも毒の部屋の存在が、そこに残された奇跡の変化が、世界を揺るがすニュースとなったことが大きいだろう。
玄関のアルギュストスのレリーフ下には、セルダとディカポーネの名が並んで誇らしげに掲げられた。それを見上げながら俺は、ついに自分の行く道を見つけたのだと思った。
人々の生活が向上していく一方で、失われていくものもある。大都市における空気の質の低下や自然の減少もその一つだ。そういう場面で、アルギュストスの毒をコントロールし取り入れていくことができれば、環境改善、いやそれを超えて、より一層良い環境が作れるのではないだろうか。
それは胸を患っていた幼馴染や、ヴィーみたいに特別な状態を強いられる子らの助けになるような気がした。ただ現状を維持するだけではなく、根本から覆して再生を促す力はきっと大きな一歩だ。
浄化物質となったアルギュストスの毒の解析。それが俺の将来の目標だ。何年何十年かかってもいい。必ずやり遂げたい。ディカポーネとして、当代のJとして、アルギュストスのさらなる資質を引き出そうと、俺は心から誓った。
他になにができるのかと、ヴィーに噛みついたあの夜、俺にはまったくアルギュストスと自分の在り方が見えなかった。真っ暗な海に放り出された漂流者さながらだったのだ。だけどヴィーは、どこまでも光を放つ灯台みたいに温かくて大きな力で、溺れさまよえる俺を救い出してくれた。そして今また、俺が俺でよかったと思える、素晴らしいギフトを届けてくれた。
「ヴィー、やっぱり君は俺の特別だよ。栄えある第一号で、世界で最強だ!」
作業が終わったあと、夜のプールに舟を浮かべてルシーダを爪弾いた。あの日と同じ、大きな月の輝く夜だ。揺れる水面に無数の光が落ちてきらめいて、それは、あの夜俺たちの周りに舞い踊っていたアルギュストスたちを思わせた。
ふと、ヴィーの笛が聞こえたような気がした。それは俺たちが分かち合った最高の音。闇を切り開く光のように強くしなやかで、それでいて降り注ぐ月光のように柔らかくて優しい音。
頭上に輝く月は、今日もやっぱりヴィーの綺麗な瞳のようで、俺は嬉しくなって何度も何度もその光に向かって笑いかけた。
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