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ペンを取りて君に贈るうたを編む

片付けをしていたら、ノートに挟んだプリントの束から一枚のルーズリーフが落ちてきた。拾い上げてなかを開く。「ああ、懐かしいな」と、思わず声に出して、それを眺めた。
散々悩んだ挙句、結局、本人に渡すことのなかった手紙だ。とはいえ、授業の課題で書いたものだから、当然のように教師やクラスメイトの目には触れたのだけど。

《誰に宛ててもいいので、伝えたい思いを句に詠んでみましょう。》
国語の授業で、確か、そんな感じの課題だった気がする。
誰かに宛てて、と言われてもすぐに思い付く筈もなく、伝えたいことだって特にない。それで俺は、古の先人たちに従って、想い人への句をよむことにしたのだ。

ああ、そうだ。同じ棚に使っていない便箋がある筈だ、そう思って本棚を探すと、やはり詰まった参考書の隙間から使いかけのレターセットが顔を覗かせた。
封筒と便箋を一枚ずつ取り出す。
新しい便箋に、俺は短い手紙を綴った。

 高校生の頃の課題が出てきました。
 響子さんに宛てたおれの思いです。
 テーマは確か、おれから見た響子さんだったと思います。
 おれは、相変わらず、つかみどころのないあなたが好きです。

封筒の表に響子さんへと書いて、それから今したためたばかりの便箋と、しっかりと折り目のついた古いインクの匂いのするルーズリーフを重ねて収めた。


「突然、何かと思った。」
だって、朝起きたら大河くんはもういなくて、テーブルの上にこれがあったんだもの…そう言って響子はむくれてみせた。大河は視線を逸らして、食卓に並ぶ夕飯と響子の手元のルーズリーフを眺める。
「和歌って、もともとは男性が女性を口説くために送ったものだって。」
「あー。顔も見たことない相手に情熱的な歌を送って、自己アピールするんだっけ。」
響子の言葉に、大河は大真面目な顔をしてそれから自虐的な笑みをうかべる。
「そうそう。でもさ、いきなり句をよめって言われても、ムリだろ。俺、平安じゃなくて平成生まれだし。そんな雅な趣味もないし。全然、思いつかなくてさ。だから俺も、響子さんに宛ててみたら何か書けるかなって思って。」
「……なんか、もっと他にいたでしょ、相手。」
「いないよ。いないっていうか、思いつかなかったんだよ。あの時は。まあ、本当に渡すものじゃないから、恥ずかしくないかと思ったんだ。そしたらさ、一句選んで発表しろって言われて。みんな、親とか兄弟とか先生に宛てた句をよんでたんだよ。ひどいだろ?」
「あはは。それはひどい。」
響子はゲラゲラと笑いながらルーズリーフを畳んで封筒に戻すと、テーブルの隅に置いてあった黒い革の手帳の間に大切そうに挟み込む。
「たしかに、先生は、誰に宛てもいいって言ってたけど。」
「うん。」と、頷いて、響子の瞳が大河を見上げた。
「でも、大河くんは、私を選んでくれたんだね。ありがとう。」


偶然でも運命でもない 本編はこちら


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かのこ
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