実朝の箱根路を往く
2012年5月22日
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湘南海岸を伊豆方面へと車を走らせた。
西湘バイパスは快適で、早くも伊豆の山々が見える。
金環日食騒動にも背を向け(見たけど)て、スカイツリー狂想曲にも背を向けて、ひたすら西へ向かう。
十国峠に到着。
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ほぼ晴天にもかかわらず、平日は車も少なく、ツツジが満開だ。
振り返り、目を凝らすと駿河湾がやや霞んで西南西の位置にある。
源実朝の私家集である金槐和歌集には、次の歌が見える。
箱根の山をうち出でてみれば、波の寄る小島あり
供の者、この海の名は知るやと尋ねしかば、伊豆の海となむ申すと答へ侍りしを聞きて
はこねじをわれこえくればいずのうみやおきのこじまになみのよるみゆ
仮名書きなので現代人には煩わしいが、流布された他の資料などでは読みやすく直されている。
(以後はこちらの表記だけを記す)
箱根路(ぢ)をわれ越え来れば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ
有名な歌でもあるし、詞書も添えてあるので説明するまでもない。
この十国峠で詠んだ歌とされている。
荒磯に波の寄るを見て詠める
大海(おほうみ)の磯もとどろに寄する波われて砕けて裂けて散るかも
いかにも実朝好みの万葉調の歌だが、大波が寄せて砕けて裂けて散るという表現は、実朝の心象が反映されて雄々しく逞しくもある海の情景ではあるにせよ、どうしても3.11の大津波を連想してしまう。
実朝といえば、定家との関係や、太宰の「右大臣実朝」や小林秀雄の「実朝」にも触れたくなるが、それはまた別の機会にでも。
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海を見て、新緑の山の中を走る。
ここまで来たら、後はどうしても湖が見たくなるが、箱根峠で国道1号線と交差し、
芦ノ湖スカイラインに入る。
そろそろ富士山が見えてもいい頃だが、
ワインディングロードが続く…。
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富士よりも先に芦ノ湖が現れた。
順徳帝の下で朝廷の最高機関である右大臣にまで昇り詰めた実朝は、源氏正統の武人である前に、優れた歌人であった。
在任期間は建保6年(1218)12月2日から、暗殺された建保7年(1219)1月27日までだから、わずか二ヶ月足らずの官位だった。
享年28と伝えられているが、満年齢は26歳。
あまりにも優しく、そして若すぎた生涯ではある。
そんな人柄を偲ばせる歌も残っている。
慈悲の心を
ものいはぬ四方(よも)の獣すらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ
道のほとりに、幼き童の、母を尋ねていたく泣くを、そのあたりの人に尋ねしかば、父母なむ身まかりにしと答え侍りしを聞きてよめる
いとほしや見るに涙もとどまらず親もなき子の母を尋ぬる
こんな歌も残している。
時により過ぐれば民の嘆きなり八大竜王雨やめさせたまへ
八大龍王は、大山阿夫利神社に御坐す雨を司る原始神で、実朝はその龍王に、もうこれ以上の水害をもたらすこと無かれと祈り、歌を作り、洪水被害に心を痛めた。
金槐和歌集は実朝が二十二歳頃に成った歌集だが、長雨や集中豪雨があったのだろう。
民衆の嘆きに心を痛めている。
この優しさが脇の甘さでもあり、命取りになった。
龍は水を支配する象徴と認識されていたから、その王に呼び掛けている。
八大龍王への信仰(龍神信仰)は、関東では秩父今宮神社が知られていて、おそらく実朝もこの龍神が念頭にあったはず。
この今宮神社には秩父札所巡りの折に立ち寄ったが、当時はまったく実朝の歌など思い出すことはなかった。
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日本全国に三国峠はあるが、ここは御殿場を挟んで富士山を一望できる名所。
ここから何度か夕景を見たことがあって、来るたびに、その美しさに見惚れた。
薄暮の中を、ぽつりぽつりと人家に灯りがともる光景は、人々の確かな営みの表れで、なぜか胸が熱くなる。
あいにく今回の富士は雲がかかっていて残念。
画竜点睛を欠くのも宜しかろう。
大でも小でも、感動は同じと心得ている。
富士を見ぬ日ぞ面白き、である。
初夏の緑が滴り、風は清涼。
ふたたびスカイラインを走り、終点の長尾峠に出て右へ道を取り、箱根裏街道を乙女峠から大回りして仙石原に向かう。
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どこの旅館でも日帰り入浴を受け入れている。
清潔そうな宿を選んで温泉に浸かる。
チェックインまで時間があったせいか、満たされたばかりの清潔な浴室に案内された。
しかし、これはこれで良し。
平日だから部屋は空いているそうだが、泊まるわけにはいかない。
良い温泉だった。