『私は確信する』(2018・仏)
どんな映画
フランスで2010年に起きた、「ヴィギエ事件」を題材にした裁判サスペンス。
スザンヌ・ヴィギエの失踪で、夫ジャックが殺人の容疑者となる。
ジャックの娘に勉強を教えてもらう息子の母・ノラは、ジャックの無実を確信し、リュック・デュポン=モレッティ弁護士に弁護を頼み込む。
ノラ自身も彼のアシスタントとして、250時間に及ぶ通話記録をまとめ、証言との不一致を探し、デュポンを手助けする。
日本の冤罪事件について
「私は確信する」は、実在の冤罪事件をもとに作られた映画である。
「冤」は「濡れ衣」意で、無実の罪を冤罪という。
日本では、綿密な調査を経て痴漢冤罪を描いた、周防正行の『それでもボクはやっていない』が有名。
近年では、菅家利和さんの足利事件や、村木厚子さんの障害者郵便制度悪用事件が記憶に新しい。
裁判制度について
フランスの重罪院では、「陪審制」と呼ばれる制度が採用されている。
陪審制とは一般的に、陪審員のみで罪の有無を判断し、量刑は判断しない。
ところが、フランスでの制度の実態は、「参審制」である。
参審制とは、裁判官とともに罪の有無と量刑を判断する制度である。
日本では、独自の「裁判員裁判」制度がとられており、任期や選任は違うものの、参審制に近い制度ととらえることができる。
映画について
主人公ノラの、容疑者ジャック・ヴィギエを助けようとする熱意がすごい!
電話記録を聞いて見つけ出したことを、デュポンによって軽く扱われても、少しもめげない。
シングルマザーで子育てをしながら、料理人として仕事をしながら、250時間の音声を聞いて、無実を証明する手がかりを探す姿は、何が彼女をそこまで突き動かしたのか、大変興味深い。
もちろん、敏腕弁護士であるデュポンの法廷での立ち回りも見どころであるが、そのもとにある綿密な調査がノラの手によって生み出されたのは、間違いがない。
また、この映画では、裁判員裁判の傍聴を疑似体験できる。
日仏の裁判制度は、裁判官とともに罪の有無と量刑を判断するという点で同じである。
さらに言えば、私たちも裁判官の隣に座り、人を裁くという状況になりえるということだ。
その時に、本当に正しい判断ができるのかということを深く考えさせられる。
「大衆」の危うさ
ヴィギエ事件の裁判は、報道が大衆の考えを過熱していく中で行われる。
足利事件で起きた虚偽自白強要のような問題もあるが、それ以上に怖いのは大衆の考えだと思った。
映画の中でも、センセーショナルな報道に、みんなが「ジャック・ヴィギエが犯人に違いない」という態度をとっていた。
ノラの息子でさえ、「学校ではみんなそう言ってるよ」という場面があった。
メディアや大衆の考えを鵜呑みにして、良く咀嚼もせずにそのまま口に出してしまえば、危うさが過熱するのにそう時間はかからない。
何かについての意見を述べるとき、私たちは本当に自分の意見としてそれを述べているのかよく考えたい。