自分にとって最適な働き方を見つける視点
2024年8月現在、社会構造の混沌、階級社会が見える化し、
日本も超格差社会に突入していることを実感する今日この頃。
実生活においても、様々な「分断」を感じるようになってきている中、
自分にとっての「幸福とは?」「生きがいとは?」というテーマに、
自問自答する日々を過ごしていた。
それは、生き方に関する情報が大量に、
スマホを通じて意図せず流れてくるようになったのも大きいが、
自分自身の働き方が、ローカルコミュニティ→グローバルハイクオリティ(後述する)へとシフトしたこともある。
正確にはこの両方を取り入れた、
ハイブリッドな働き方をしているのも、その一因かもしれない。
しかし、最近になってようやく、
ここ数年で感じていた違和感やモヤモヤがとてもスッキリしたきづきがあり、今日はそれを綴りたいと思う。
これまでの自分が大切にしていた価値観
私は20代後半から、いわゆる会社員としての働き方を卒業し、
個人として生きることを選び、すべての意思決定・責任が自分自身になってから、はや10年が経ちます。
なぜ、その道を選んだのか?を語ると本記事のテーマと大きくそれてしまうのでそこは割愛するが、端的に言うと心身ともに「自由」でありたかったからだ。
自分の言う自由とは、何も「南の島でのんびり好きなことをして過ごす。」的なFIREライフのことを指しているわけではなく、
「したいこと」を
「したい時」に、
「したい人」と出来る。
こういった、選択(意思決定)の自由が欲しかったタイプです。
つまりは、「人間関係」「仕事」「お金」「住む場所」などあらゆる制約からの解放です。
人間関係のストレスを抱えることなく、
自分が一緒に仕事をしたい人と仕事をし、やりたくないことはやらず、
必要なだけのお金をビジネスで稼ぎ、ストレスフリーに生きる。
自分らしさを追求すると、20代当時の自分にとっては、
この選択以外なかったと思います。
そんな私の生き方を支えていた事業は「ローカルコミュニティ(つまりB to C、C to C)」を対象にしたものでした。
主には、コーチングやセミナーなどを中心とした個人向けのビジネスでした。ビジネス用語で固く言うならば、「人材開発」「能力開発」の支援でしょうか。ひたらく言うと、「人の可能性を開花させ、自己実現(目標達成)を応援する」サポーターのような仕事でした。
当然、人の変化に立ち合う仕事なので、やりがいも高く、魅力的でした。
そして、多様な年代・職業の方、特に会社員以外の方々とも出会えるのも、
魅力的でした。
何より自分がオーナーであるゆえに、
どれだけ仕事をするのか?
いくら稼ぐのか?
誰と仕事をするのか?はたまたしないのか?
これらを、選択できる自由度の高さも、自分にはピッタリであった。
ローカルコミュニティというフィールドで戦うとは?
こういったローカルコミュニティ型のビジネスで生き残っていく為には、
ファンベース(ファンビジネス)の考え方を基軸とした、
コミュニティ形成や顧客のファン化を導く、「人としての魅力」や「サービスそのものの魅力」を一定の事業規模に至るまで、
発信し続けていく必要があります。
この分野のプレーヤーとしては、
・オンラインサロンオーナー(西野亮廣さん、河村真木子さんなど)
・作家や漫画家
・ローカルのアーティストやアイドル(グローバルではない)
・令和の虎界隈の事業家
・文化人(ひろゆき、ホリエモン、箕輪厚介、秋元康、高城剛など)
・Youtuber(多すぎて書くのやめます)
こんな感じの方が、いわゆるローカルコミュニティの強者(猛者)です。
一方、長年続いている田舎の飲食店の経営者や、
ブティックやカフェ、スナックなどのオーナーも、
いわゆるローカルコミュニティの住人です。
(つまり、一定数のファンによってビジネスが支えられている構造)
規模の大小はあるのだが、
やっていることはシンプルに、
「ファンに向けたオリジナルの価値提供」です。
構造的には、
1対Nの図式(to C)で特定の濃いユーザーに向けて、
独自の価値を届けているということです。
その価値が特異性のあるもの、希少性のあるもの、
ありそうで中々ないもの、時代が求めているもの、
であればあるほど、ファンの熱狂(コア)度は高い。
さらに抽象度を上げると、彼らはスティーブ・ジョブズのように、
「世界を変えよう!」とか
「世の中にインパクトを!」という
世界規模で影響を与えていきたい!というロックな思想があまり強くなく、
肩肘張らず、自分ができることで周囲を満たす。
こんな世界線で生きているように、僕は思います。
「自分のできること・好きなこと・価値があると思うこと」を
「その価値がわかる人」に届けられれば、
周囲の人に良い影響を与えられるし、仮に
世界が変わらなくてもそれで良いんじゃね?的な。
この思想や価値観にフィットするかどうかが、
自分が戦うフィールドなのか?を見極める一つの基準に思います。
このフィールドで戦う人にとって必要なことは?
これらが、重要になります。
一方で、100人のスーパーファンができれば、一生食うことには困らない世界とも言われています(つまり、1000人、1万人とインフルエンサーのようなファン作りに固執する必要はない)。
個人で食えるだけの最低ラインを満たせば良いという考えの方は、
まずは10人、のちに100人のスーパーファンを魅了する「何か」を
生み出せれば良いというのが、今のところの私の「最適解」です。
このフィールドで戦う人にとって不要なことは?
人生は「時間」でできています。
自分の生き方や人生そのものを大きくアップデートしたい場合、
当然ながらその「コト」にどれだけの時間を割けるのか?でほぼ決まります。
つまり、自分の可処分時間= 将来の可変幅
ここを前提にすると、
不要な情報や学びに時間を割くことほど勿体無いことは無いのです。
つまり足し算を考える前に、引き算(何をやらないのか?)を決めた方が、
楽になるかと思います。
ここからは極端かつ持論になるので、あくまでも参考程度ですが、
私的に、このフィールドで食っていくのに不要なことは下記の通りです。
この辺りの影響を受けないようにすること。
極端に尖りたい人は、こういった類の情報・ヒトに触れること自体を「避ける」ことが最も効率的です。
「なりたい自分像」がブレていると、
どっちつかずで、様々な情報源に触れ、都度影響をされ、
結局本当に向き合うべき「時間の過ごし方」ができず、
本来このフィールドに最も必要な
「自分の強み・価値を磨き・他者へ貢献する」ことに、
時間とエネルギーを割けずに、
職業人としては、無難に終わってしまうように思います。
このフィールドの魅力とは何か?
ここは僕自身も探求中のところではあるが、
1つ挙げるなら、間違いなく「自由」さでは無いだろうか。
個人が全ての選択や意思決定に関するオーナーシップを持っているので、
1段階さらに抽象度を上げると、
つまり「自分の心に正直に生きられる」ということかもしれない。
当然、事業を行っている故に、取引コスト的な背に腹を変えられないシーンやシチュエーションも多少は抱える前提ではある。
しかし、他フィールドに比べると、ストレスフリー度合いは段違いだろう。
これを読んでいるあなたは、どう思いますか?
グローバルハイクオリティというフィールドで戦うとは?
さて、一方でグローバルハイクオリティ型のビジネスとは、
簡単に言うと「世界で通用するクオリティのプロダクトやサービス」のことである。そしてそれを目指す企業や事業に紐づいているビジネスパーソンのことを言います。
この分野のプレーヤーとしては、
・GAFAM(Goole,Amazon,Facebook,Apple,Microsoft)
・ウォルトディズニー
・エルメス、ディオール、ヴィトンなどのハイブランド
・テイラースウィフトやBTSなど(音楽アーティスト)
こんな感じの「誰しもが知る」企業やブランド、人がいわゆる
グローバルハイクオリティの強者(猛者)です。
ここで戦うということは、
「世界を魅了する価値」のある事業や企業を創るということ。
もしくは、ビジネスパーソンとしてそれを支える側になる。
ということです。
現実的な話をすると、この価値観の多様化する時代において、
上記のようなグローバルハイクオリティを0から作り上げるということ自体が相当至難の業であり、時流という「運」も大きく関与してくることになる。
ここで戦う人にとって必要なことを書きたいのだが、
私自身の経験から、グローバルハイクオリティ型で大きな成果を生んだことがないため、具体で書くのはやめておきますw
(これ即ち、今からGAFAMのような企業をどうやって作るのか?という壮大な話になってしまい、こんな話を体系的に書けたとしたらベストセラーになると思いますw)
ただ、こういった企業を支えるビジネスパーソンで働くために必要なこと。
という観点では、私の経験上で現時点では下記のような要素かと思われます。
どっちで生きていくかを決めないと、ずっと悩み続けてしまう。
そもそも、見えない階級社会でもあるこの日本においては、「どっちのフィールドで生きるか?」と選べるほどの贅沢な境遇の人自体少ないのが現実かもしれないが、
「自分はこれからどう生きたいのか?」という自身のキャリア安全性に対して、不安を抱えている人にとってのヒントになれば嬉しいです。