成長曲線はホームランの如し~高校野球ハイライト延長戦特別編・近江
「新チームの捕手は島瀧悠真」。水口東を破った去年の独自大会決勝直後、近江の首脳陣から聞かされた構想は衝撃的だった。確かに肩は強い。長打力もある。それでも名門で1年生ながら甲子園ベンチ入りを果たした投手だ。1学年下の山田陽翔が台頭してきたとはいえ、「投手・島瀧」を捨ててまでのコンバートには不安もよぎった。
結果的に不安は現実となる。秋は滋賀学園と神戸国際大附属に、春は立命館守山に、いずれも終盤に決勝点を奪われ敗退。チームの成績は捕手の評価に直結する。「経験が少ない。リードできていない」と夏前に本人が話した通り、「今年の近江は弱い」という前評判も、新聞紙上で幾度となく見た「引退してくれ」という多賀章仁監督からの言葉も、島瀧は自分の責任と捉え続けていた。
一方で、「捕手交代」という選択肢が多賀監督になかったのも事実だ。去年秋の綾羽戦後のメモには「島瀧をチームの柱にしたい」としっかり書いてある。ここ最近では大野将輝も長谷川勝紀も投手からのコンバート組で、経験を積めばモノになる確信があったはずだ。だからこそ口を開けば「成長してほしい」、「勉強してほしい」と叱咤ばかり。ついに滋賀大会の終わりまで「捕手・島瀧」を褒める言葉はなく、正直なところ実況の資料作りも随分と苦労した。
転機は甲子園の1回戦。井口遥希の一発は幻となったが、代わりに再試合で島瀧がホームラン。流れに乗ったチームは大阪桐蔭戦で歴史的勝利を挙げる。多賀監督のインタビューでは「しっかりリードしてくれた」と「捕手・島瀧」の名がたびたび挙がるようになり、2001年の甲子園準優勝捕手である小森博之コーチも「低めを良く止めていた」とボディストップを褒めた。大会期間中には山田や春山陽生主将の記事をたくさん見たが、私の中では島瀧もMVP級の活躍だった。
20年ぶりのベスト4という快挙を成し遂げ、彦根に近江ナインが帰って来た日。およそ1カ月ぶりに直接話を聞くと「楽しかった。自信が持てた」と笑顔で甲子園の感想を話してくれた。あのコンバートから1年。苦しみ抜いた先の光景に、日大東北戦のような厚い雲はない。智辯和歌山戦のような青空のもとで島瀧悠真が見せた成長曲線は、バックスクリーンへのホームランの如く高い高い弾道を描いていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?