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『バイアスがあるというバイアス』日本のデフレが生まれた理由??

日本銀行が2%のインフレ目標を設定しており、黒田前総裁が「グローバル・スタンダード論」をその根拠としたことについて前項で触れた。
https://note.com/catapassed/n/n258d0ac1f3d2

この時、黒田前総裁が示した根拠は他にもある。その一つが「消費者物価指数(CPI)の上方バイアス」である。2014年に黒田前総裁はこう述べた。

  • 消費者物価指数には、物価上昇率を高めに表わすといった上方バイアスがあるため、消費者物価指数の前年比がゼロ%程度というのは、実感としては、かなりデフレ的な状況なのです。逆に言えば、消費者物価が安定的に2%上昇するという状況は、決して「物価が大きく上がっている」ような状況ではありません。むしろ、実感としては、「物価は、全体として概ね横這いか、ごく緩やかに上昇している」といった状態に近いと思います。https://www.boj.or.jp/about/press/koen_2014/ko141225a.htm

要するに、CPI統計は実態よりも高めに出てしまう傾向があり、2%程度のプラスでは物価が上昇していると感じないため、本来それくらいが丁度いいという主張だ。

CPIの上方バイアスは、1996年の米国における「ボスキンレポート」以降広く知られるようになった。1998年には日銀の白塚重典氏が『物価の経済分析』の中で、日本のCPIについて0.9%程度の上方バイアスが存在すると推計した。この分析は1999年に日銀からも公表されている。
https://www.imes.boj.or.jp/research/papers/english/me17-3-3.pdf

さて、そもそもであるが、日本のCPI統計を作成しているのは日銀ではなく、総務省だ。CPIのバイアス問題について、第一の当事者である総務省は「ボスキンレポートについて」として以下の見解を示した。

  • 米国CPIのバイアス問題は、そのかなりの部分は、米国CPIの作成方法が我が国などと異なる特有なものであることに起因しているとみられる。

  • 品質・新製品バイアスなどに関して、BLSが反論しているように、概して、大胆過ぎるか、不適切な推計が目立つほか、懐疑的な意見が多い“消費者の選択の幅が広がることによる効用の増大”に関する大胆な推計を含めるなど、問題点が散見される。

  • このように、同報告書には米国特有の事情が反映されていたり、問題点があるにも関わらず、国際的に大きな反響を呼び、我が国においても、消費者物価指数の精度に関する論争が起こった。https://www.stat.go.jp/data/cpi/8_2.html

かなり怒っている。総務省にとっては自分たちの作成しているCPI統計が不正確だと批判されている訳であり、しかもそれに日銀が(個人名での報告とは言え)加担している。面白いはずはない。

ともあれ、結果として総務省はCPIの上方バイアスを取り除く様々な処理を加えていった。2000年以降、5年毎に実施されるCPIの大規模基準改定では、概ね0.5%程度の下方修正が続いている(2015年基準のみ影響が軽微)。白塚氏も、2005年のレポートでは、CPI統計について「統計作成当局による指数精度向上への対応が続けられている。そうした結果として、上方バイアスは、縮小方向にあると考えられる。」と分析した。
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2005/data/rev05j14.pdf

何より問題だったのは、CPIの基準改定による下方修正が、日本の「上がらない物価」を演出した点である。日銀自身が批判し、改善を求めたCPI統計のバイアス補正が、物価を上げられない日銀を作り出してしまった。

付言すると、ボスキンレポートから2008年頃までの、CPI統計を巡る議論と金融政策については、梅田雅信氏の『日本の消費者物価指数の諸特性と金融政策運営』が非常に詳しい。この中で梅田氏は1998年の白塚氏のバイアス推計について一定の批判を加えている。
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12298599/www.esri.cao.go.jp/jp/esri/others/kanko_sbubble/analysis_02_10.pdf

冒頭の黒田前総裁の発言に戻るが、彼はこうした経緯をまさか知らなかったのだろうか。1998年時点で0.9%と推計された上方バイアスは、これ自体が相当幅をもって見るべき数字である上、梅田氏のような批判も存在した。白塚氏自身、2005年時点で上方バイアスは縮小方向と主張していた。果たして、上方バイアスはどの程度存在したのか、その政策的含意にどの程度の意義を見出すべきだったのか。「CPIには上方バイアスがある筈だというバイアス」は存在しなかったか。

2024年に至り、改めて日銀から『消費者物価指数の計測誤差の改善状況と今後の課題―主要国における物価目標の根拠としての視点から―』と題するレポートが公表された。執筆者には白塚氏も名を連ねている。CPIの計測誤差については「全体でみれば縮小したとみられる。」との評価である。
https://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/24-J-10.pdf

足元のCPIを確認すると、2024年5月は総合2.8%、コア2.5%である。物価目標よりやや高いものの、CPIをピンポイントで釘付けするような政策運営はもとより不可能であり、2%が目標の中心と考えるのであれば概ね許容すべき範囲だろう。

しかし、今の日本の物価上昇は非常に評判が悪い。日本経済新聞によれば、2024年6月の内閣支持率は25%、不支持率は67%と大変不人気である。「首相に処理してほしい政策課題」の1位は「物価対策(36%)」だ。2位が「経済全般(33%)」、3位が「子育て・教育・少子化対策(31%)」、このところ連日のようにメディアで報じられていた「政治とカネ(28%)」は、「年金(28%)」と並んで4番目だ。
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/cabinet-approval-rating/

『消費者物価が安定的に2%上昇するという状況は、決して「物価が大きく上がっている」ような状況ではありません。むしろ、実感としては、「物価は、全体として概ね横這いか、ごく緩やかに上昇している」といった状態に近いと思います。』

今もこう言える人がいるだろうか。

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