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『金融政策は98%がトーク』年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる?

  • 私がFedにいた頃、しばしば、金融政策は98%がトークであり、アクションはわずか2%だと思われた。公式な声明を通じて、将来の政策についての市場予想を形成することは、Fedが持っている最も強力なツールの1つだ。当然ながら、政策担当者にとっての課題は、誤ったメッセージを送ることによるコストが高い点だ。おそらく、前任のアラン・グリーンスパンが、中央銀行家として、かつて上院で「非常に支離滅裂なことを不明瞭に言うことを学んだ」と述べたのはそのためだろう。(When I was at the Federal Reserve, I occasionally observed that monetary policy is 98 percent talk and only two percent action. The ability to shape market expectations of future policy through public statements is one of the most powerful tools the Fed has. The downside for policymakers, of course, is that the cost of sending the wrong message can be high. Presumably, that’s why my predecessor Alan Greenspan once told a Senate committee that, as a central banker, he had “learned to mumble with great incoherence.”)

以上は元FRB議長バーナンキ氏のブログの引用である。
「金融政策は98%がトークであり、アクションはわずか2%」という認識には必ずしも同意しないが、おそらくそれだけFRB議長として彼が様々な場面でコミュニケーションの困難さを実感したということだろう。

12月のチャレンジング

日本銀行について筆者が思い出すのは1年前の「チャレンジング」発言だ。2023年12月、異次元の金融緩和が継続する中、氷見野副総裁が講演で出口政策の考え方について説明した。具体的な時期や進め方に触れた訳ではないが、それまで日銀が出口政策について言及を避けていたことから、金融政策正常化を意識する動きが強まった。

そしてその講演の翌日、植田総裁が参議院財政金融委員会で以下のように発言した。

  • (総裁就任前の)二月の所信質疑においては委員から御質問いただきまして、その中で私は、非常に難しい状況の中で仕事を引き受けるということはそれ自体非常にチャレンジングなことであるというふうに申し上げ、ある意味ちょっと生意気な、この年で生意気というのも変ですが、ことを申し上げてしまったわけですけれども、その後、やはりグローバルに、例えば三月に金融機関経営問題が発生したりということに始まりまして、いろいろな不確実性が高い状況が続いてございます。思った以上にチャレンジングな状況かなと思いながら、日銀のほかのボードメンバーあるいは執行部と議論を重ねる中で、できる限り適切な金融政策運営に努めてきたところでございます

  • 最初に申し上げましたとおり、チャレンジングな状況が続いておりますが、年末から来年にかけて一段とチャレンジングになるというふうにも思っております

この「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」がメディアで大きく取り上げられ、2023年12月会合でのマイナス金利解除観測が高まった。

しかし、実際にはマイナス金利が解除されたのは翌年3月会合であり、12月会合で市場は肩透かしを喰った。植田総裁は、12月会合後の記者会見で

  • 二週間前ですかね、国会でその時のやり取りとしては、今後の仕事の取り組み姿勢一般について問われましたので、二年目にかかるところですので、一段と気を引き締めてというつもりで、先ほど引用して頂いた発言を致しました

と説明した。

おそらく植田総裁は正直に語っている。確かに前後の発言を含めて全体を見れば「チャレンジング」が政策変更を示唆するとは必ずしも言えない。ただ「年末から来年にかけて」と時期を示したのは迂闊であったし、氷見野副総裁の講演を受けて出口論が意識されやすかったタイミングを考えても、余計なことを言ってしまった印象は拭えない。

7月のサプライズ

一方、2024年7月の利上げ実施については、市場の織り込みが弱い中で実施されたことから日銀に批判が集まった。7月会合については、国債買入減額計画を公表すると事前に決定しており、これと同時の利上げ実施は難しいとの見方があった。しかし、植田総裁は6月18日、やはり参議院財政金融委員会で、

  • 私ども、国債買入れの減額と政策金利の引上げは別のものというふうに考えてございます。したがいまして、次回までに入手可能になる経済、物価、金融情勢に関するデータなり情報次第でございますが、場合によっては、政策金利が引き上げられるということも十分あり得るというふうに考えております

と発言している。利上げは十分あり得ると述べているが、この発言は市場でほとんど材料視されなかった。12月、同じ場所でのチャレンジング発言が大きなインパクトを持ったのとは対照的だ。

率直に言って、日銀ボードメンバーの発言そのものよりも、情報メディアによる報道の方が影響力が大きい。報道内容は往々にして「日銀関係者」といったあいまいなソースによるものだ。とはいえ、一次情報を直接見に行く市場参加者は少数であり、日本語に通じていない海外市場では特にそうだ。ボードメンバーの公式発言は常に慎重で分かりにくく、解釈が難しいのに比べれば、報道は断定的で分かりやすい。

何を信じればよいのか

金融政策決定に関する事前報道については議論がある。前掲の参議院財政金融委員会でも、以下のように指摘されている。

  • フォワードガイダンスの見直しやYCC修正、再修正と、植田総裁から何らかの発表があった際、情報が最初に示されたのは、いずれも公の場ではなく日経新聞の紙面であった

  • もしこれが観測気球みたいなものではなくて意図的にされているんだとしたら、これは日銀の側にやっぱりセキュリティー上に大きな問題があるんじゃないか

  • ひょっとしたら、この先の大きな金利を解除する公表のときに、公式発表ではなくてメディアから情報流れる形で出すことをひょっとしたら日銀は望んでいるのか

残念ながらというべきか、こうした批判には効果が見られていない。事前報道は引き続き活発であり、場合によっては混乱ももたらす。例えば時事通信は2024年4月の金融政策決定会合期間中に「日銀、国債購入縮小の方法検討 事実上の量的引き締めへ移行」と報じた。

確かに国債購入縮小について議論されていたことは後に公表された議事要旨で明らかになっている。しかしこの時、国債買入縮小は決定されなかった。実際に方針が決定されたのは6月、具体策の公表は7月であり、4月会合について「事実上の量的引き締めへ移行」と報道したのは誤りだろう。

そもそも金融政策の決定は常にライブであり、会合の当日、採決まで決まらないのが大原則である。事前に確定的なことは総裁にも言えない。一方、政策決定について事前に意見交換しておくべき相手もいるだろうとも想像され、情報管理は難しい。

植田総裁はおそらく丁寧な説明をしようと腐心している。しかし、どんなに総裁が丁寧に、公式に説明しても、匿名の「日銀関係者」の意見、報道の方が重視されるのでは意味がない。むしろ「非常に支離滅裂なことを不明瞭に言う」方が上手くいくのではないかとさえ思える。日銀のコミュニケーションは相変わらずチャレンジングだ。

余談

本稿で一部言及した、日銀の情報漏洩問題については、Bloombergが掲載したコラムを参照している。

しかし、当のBloombergは日銀の政策運営に関する事前報道に最も積極的なメディアの一つであり、個人的には腹落ちしない。


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