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『グローバルな2%』日本銀行インフレ目標と為替レート

日本銀行は2%のインフレ目標を設定しており、この持続的、安定的な実現を目指している。インフレ目標の意義については様々な議論があるが、例えば、2014年3月、日銀の黒田総裁(当時)は以下のように述べた。

『(2%の物価上昇を目指すことについて)こうした考え方は、主要国の中央銀行の間では広く共有されており、多くの中央銀行が「2%」の物価上昇率を目標とする政策運営を行っていることです。つまり、「2%」は、「グローバル・スタンダード」になっているということです。』

https://www.boj.or.jp/about/press/koen_2014/ko140320a.htm

また、同年12月には以下のように語った。

『為替相場の面でも、他の主要国がグローバル・スタンダードに基づいて毎年2%程度の物価上昇を実現する一方、わが国でデフレ状況が継続していたため、趨勢的に円高が進行してきました。』

『今後、2%の物価上昇率が実現すれば、少なくとも、内外価格差に起因する円高進行リスクは小さくなります。つまり、為替レートがある程度安定していることを前提に、経営資源の最適な配分という観点から、グローバルな投資計画を立てられるようになると考えられます。』

https://www.boj.or.jp/about/press/koen_2014/data/ko141225a1.pdf

2%のインフレ目標は世界共通であるからそれに合わせるべきである。その結果として為替レートは安定し、日本企業はグローバルな経済活動においてメリットを享受できるという説明である。

さて、それから約10年、海外の急激なインフレを背景に、日本のインフレ率はあっさりと2%を超えた。コアCPIは一時+4.2%まで上昇した後にやや低下し、直近、2024年5月のコアCPIは+2.5%である。実績値では物価目標をほぼ達成していると言っていいだろう。見通しベースでも、日銀は2026年度のインフレ率を2%程度と予測しており、FED、ECBと殆ど同じだ。日本はグローバル・スタンダードなインフレ率をようやく実現したように見える。

ところがおかしな点がある。なぜ円安なのだろう。インフレ目標を達成すれば、内外価格差の安定によって為替のリスクは小さくなるのではなかったか。現在でも米国のインフレ率は日本より若干高く、内外価格差で為替レートを説明するならむしろ緩やかな円高になる筈ではないのか。

為替レートの短期的な変動を理論的に説明するのは極めて難しいが、現在の円安進行については金利差を原因とみなす主張が多い。FEDはインフレ抑制の為に利上げを進め、政策金利は5%を超えている。一方、日銀は基調的なインフレ率がまだ弱い可能性があるとして政策金利をほぼ0%にとどめ、極端に緩和的な金融環境を維持している。この金利差が円キャリー取引を拡大させ、円売り、ドル買いを招いて大幅な円安につながっているとされる。

奇妙なことだが、こうした金利差が生じているのは、日米ともに同じ2%のインフレ目標を設定していることが最大の理由だ。FEDは高すぎるインフレ率を抑制するために単純に利上げを行っているのに対し、日銀はインフレが進行しても将来下がってしまうかもしれないからと金利を上げられない。インフレ目標値は同じであり、足元では実際のインフレ率にもそれほどの差はない。にもかかわらず、両国の政策金利はかけ離れた水準となっており、そのことが為替レートを不安定化させている(らしい)。奇妙な事態を招いたのは、日米の経済構造、歴史、統計データの特徴といった違い無視し、物価の数値目標だけとにかく合わせるという浅薄である。

もし2%のインフレ目標が存在しなければ、あるいはこの数字に拘泥することがなければ、日銀の利上げはより早期に実施され、ここまでの円安進行には至らなかったように思われる。その場合、物価上昇は相対的に抑制され、実質賃金が2年にわたって下がり続けることもなく、多くの人の暮らし向きは幾らかマシだったかもしれない。

グローバル・スタンダードなインフレ目標設定が為替レートを安定させるという、かつての予想は、今のところ全く当たっていない。これまで現実に起きている事態はむしろ逆である。

この点、日銀は既に理解している。現在進められている「多角的レビュー」では、グローバル・スタンダード論を正面から取り扱おうとしていない。

出所:非伝統的金融政策とインフレ予想 「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ(第2回) 2024年5月21日 
 (注)赤線は筆者

黒田前総裁があれだけ強調した論点は、今や「その他」でしかない。

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