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雲渦巻く〈雲南省〉少数民族自治区探訪記~元陽・ハニ族の長卓祭①~

【閲覧についてのご注意】
この記事には、豚を生贄とする場面が出てきます。写真にも一部、豚を捌く場面などが映りこんでいます。苦手な方は、写真を非表示するなど、ご自分の心を守るようお願いいたします。


▼前回の旅行記はこちら

一口に「元陽」と言っても、その範囲は非常に広い。
日本のメディアでも目にする機会のある「元陽の棚田」は、ある程度、決められたスポットで撮影されていて、実際には全体のほんの一部にすぎない。

そんな中、元陽でカメラマンをやっているという日本人の方が、今回の旅の案内役を買って出てくれた。
酔っぱらって棚田の畦道から落ち、骨折した経験をお持ちの、なかなかのツワモノだ。「あまり観光客の行かないところまで行ってみよう!」と連れていってくれたのが、バダ村だ。

ちなみに、この「バダ村」という名称は、村の本当の名前がわからなかったために勝手につけた名なのでご注意ください。

日陰でのんびりとすごす、重要な働き手の水牛たち

訪問した3月12日は、偶然にもハニ族伝統の祭「長卓祭」が開かれる日だった。

「龍頭(ロントウ)」と呼ばれる、村の長老とは別の、祭専門の長の家を訪ねると、ちょうどその龍頭が、可愛らしい傘を手に家から出てくるところだった。
二階の窓には奥さんらしき人が立ち、龍頭を見下ろしている。

カメラに気づいて、二人ともカチンッと固まってしまった。
右の方が、龍頭だ。鮮やかな青色の衣装が美しい。

ハニ族の子供たち

村には元気いっぱいの子供たちがたくさんいる。豊かさが伝わってくる。
写真の子供たちは、ハニ族の伝統的なズボンに、洋服の上衣を合わせて着ている。不思議なほどに違和感がない。

祭の日だからか、あちこちで子供たちがソワソワ
そんな子供たちをベランダから見守る女性
急ぎ足で、濡れた岩場をズカズカ登る少女

長卓祭は、村の安寧を祈るための祭だ。
縁起物なのだろう、村の子供たちはみな、色鮮やかに塗られた卵を手にしている。この子はたくさんの卵を、かごに入れていた。

カラフルな卵には「幸福」の二文字

これが、その卵。
色とりどりの紐と、鮮やかな絵の具とで装飾されている。
村の少し年長の子供が作っていたのだが、その一つを突然の闖入者である私たちにも分けてくれた。幸福を食す。

右に石垣で囲われたご神木

村の男性たちが、ご神木のそばへと集合した。
どうやら普段は女人禁制らしいが、ハニ族語の分かる現地在住の日本人が「女性も入っていいか」とたずねると、気軽に「いいよ」と招き入れてくれた。

これはおそらくハニ族ではなく、外国人ということも大きかったろう。「よそのひとは伝統には関係ない」という、おおらかさを感じた。

ご神木のそばに、大鍋が用意される。
祭の合図か、男たちが太鼓を鳴らしはじめた。

男たちが総出で手早く生贄を捧げる

神木のそばで、親子の黒豚が、生贄としてささげられた。
あまり苦しまぬよう、急所を刀で一突きにする。そばでは、うずららしき小さな鳥もまた生贄とされていた。
最初のほうの写真で、龍頭の隣にいた男性に抱えられていた鶏は、神木につながれたままで、無事。生贄ではなく、吉祥を招く鳥なのかもしれない。
あるいは、翌日にも行われるという祭のなかで生贄にされるのか。

生贄の豚は死んだのちに火であぶられる

生贄の儀というものをはじめて見た私だったが、ショックを受けるよりも、不思議な実感を覚えていた。

ああ、これが人が生きるということなのだ、と。
私が日々、口にしている肉はこうやってくるのだ、と。

あぶった豚の表面にできたコゲを刀で削いでいく
焼いたのは、もしや毛を剃るためだろうか

私は日本という国で、すでに人の手で捌かれたあとの肉を食べる。けれど、雲南省では、都心部でもないかぎり、生きた豚や鶏をみずからの手で捌き、料理する。それが本来の「食べる」ということであり、「生きる」ということなのだろう。
この元陽の旅から20年が経った日本では、猟師が獣をとらえる姿がテレビに映されるだけで、「残酷だ」と批判が殺到する。モザイクがかけられていようが関係ない。獣を屠るという行為自体が「残酷だ」と言うのだ。
日本では見慣れない光景なのは、たしかだ。「残酷だ」と感じてしまうことはしかたないと思う。私だって、獣のほうに感情移入をして、悲しい気持ちになることはある。ただ、「残酷だ」という言葉の先に、批判をくっつけるのはどうなのだろう。
本来なら、私は自分を生かすために、自分の命を懸け、自分の力で獣を狩り、屠り、もてる技術を使い、処理しなければならないのだ。食用としてであれ、危害を加える獣を駆除するのであれ。
それを、誰かがかわりにやってくれている。
ありがたい、と思う。

よい経験をさせてもらった。
20年経った今でも、私は、私という人間を生かしてくれている生き物や、それを私にかわって用意してくれている名も知らぬ方々に、深い感謝と尊敬の念を抱いている。

……なんて、真剣そのものな大人たちを、遠巻きに見つめる男の子は、鼻ほじほじ。
この子は多分、一時間ぐらい、鼻をほじりつづけていた。カメラを向けてもまったく気にした様子もなく、ほじほじ。穴あいちゃうよ。

「何やってるの! ほら、いくよ!」
そんな弟分の鼻くそだらけの手を引くのは、姉貴分のしっかり者な女の子

豚を捌いていく作業には時間がかかるということなので、私たちも子供たちについて村に戻り、散策をすることに。

村には豚がいっぱい

ハニ族伝統家屋は「きのこの家(モーグ・ファン)」という通称を持つ。
確かにぽこりとした屋根は、きのこそっくり。
背後には新しそうな白壁の家も建っており、伝統家屋と現代建築とが同居している。

きのこの家の玄関。なにに使うのか、丸くつぶした家畜の糞が壁に干してある。燃料か、肥料だろうか。

入り口の上部には、よく見ると白いポッチがいくつも描かれている。まるで白いチョークを指先につけ、ちょんちょんと突っついたかのような模様だ。
この模様に気づいたのは、写真を現像した後だったので、由来は聞けなかった。出入口にあるということは、魔よけかなにかだろうか。
家々のすべてに見られ、記事に掲載した写真でもあちこちで見ることができるので、お時間のある方は探してみてください。

きのこの家のベランダから、こちらを見下ろす女の子
村の飯屋の壁に描かれていたチョークの落書き
ウ、ウルトラマンだ……!?

そのころ、ご神木のそばでは、食事の用意が進んでいた。
祭のためだけにいる龍頭は、「性格よし、顔よし」を基準に、毎年ちがう人が選ばれるのだとか。

炊かれた米 おいしそうだ

生贄の豚や雉をつかった食事の準備ができ、爆竹を鳴らされる。

ババババババババンッ!!
鼓膜を破るような爆音とともに、爆竹の粉末が辺りにビュンビュンと飛んでいく。想像以上の激しさに、耳をふさぎ、唖然とする。

いよいよ食事だ。先ほど捌かれたばかりの豚が、おいしそうなスープとなる。いい匂いがしてきて、おなかが鳴る。
生贄の儀にすこしショックを受けていた旅の仲間もいたが、ここまできたらもう大丈夫だろう。おなかは正直だ!

黄色く染めた慶事用のもち米を、火にかけようとしている男性
お箸を手に、ごはん待ちの龍頭とみなさん

そして、いよいよ始まった食事!

「乾杯! さあ食べて食べて!」

できたての料理や、強烈な度数の白酒(パイチウ)がふるまわれる。
祖の食餌の内容はというと、それぞれが持ちよったお漬物に、先ほど捌いた鶏肉と豚肉のスープ、煮物。それから米、黄色い米、そして白酒だ。

食べる前の食事を写真に撮りわすれたので、あらかた食べおえたあとの写真ですが

気のいい村人たちは、私たちを食卓に呼び、白酒をふるまい、肉を食べさせてくれた。
かなりキツい白酒だったが、招待されて呑まないのは失礼にあたる。
ということで、ゴクリと一呑み。喉が熱い!
生け贄の豚で作られた煮物は、新鮮な肉を使っているだけあって、本当においしかった。

呑め呑め!食え食え!と大騒ぎだった祭が終わり、一斉に引きあげる人々。
料理に使われなかった肉が、担がれ、村へと去っていく。
この食事は祭の一環であるため、全部を食べきるということはない。家で待つ家族のために、料理や肉を持ちかえるのだ。

龍頭を先頭に、男たちが食事を配分するため、村中を練り歩く

祭を終えて、龍頭たちは一軒の家で足を休めた。
話によると、その家の奥さんの妊娠が順調ではないのだとか。そのため、龍頭がみずから祈りの杯を捧げにきたのだという。

彼らが抱えているのは、雲南ではよく見かける「水煙草」。
ぶくぶく……という音とともに、おいしそうに煙をふかす。

見知らぬ日本人一行を前に、泣きじゃくる子供を抱いて、ベランダであやしはじめる女性。
話に出てきた奥さんがこの女性かどうかはわからないが、この家庭がどうか末永く幸福でありますように。

もうひとり、むずがる子がここにも
「ぼくはぜったいにここを離れないぞ!」

練り歩きも終わり、自宅へと戻った龍頭は、普段着に着替え、二階の窓辺でゆったりと水煙草を吸う。大役、お疲れ様でした。

龍頭が見下ろす玄関先には、村人たちが集まっていた。
残しておいた豚肉を公平に切り分け、村人たちがそれを受けとっている。
貴重な肉を食べさせてくれ、笑顔で白酒を飲ませてくれた村人たち。いつまでも、バダ村が安らかでありますよう。

「さて、宿に帰るか」とバダ村をあとにした旅の一行。
家の前で一人ぽつんとしゃがみこむ女の子と出会う。
鮮やかな色彩の帽子と衣服が、とびきり可愛らしい。声をかけてみるが、見知らぬ大人たちになんか見向きもしない。

村の外れに開かれた露店
チューチューみたいなものを食べている
右の子は必殺二刀流食い
露店の商品を覗いてははしゃぐ子供たちを笑って見守る、おばちゃんたち
大人の女性は地味な色合いの衣装を着ているが、その笑顔は格別に華やか

村を去る私たちを、いつまでも追いかけてきてくれた子供たち。
最後には高台に立って、ぴしっとポーズを決めてくれた。
ありがとう! 元気でね!

日暮れの近づいた棚田
元陽の町に帰りつくころには日暮れが迫っていた

……ちなみに私は翌日、半日寝こむほどの腹痛と嘔吐に見舞われたが、豚のせいではないと信じたい。

泥と糞にまみれて居眠りをするバダ村の豚ちゃん……
家畜の糞から生えた木
いや、生えた木なのか、あるいは糞に植樹したのか……
あ、家の壁に貼りつけられていた家畜の糞はもしやこれ?
(単に子供のいたずらである可能性もいなめない)

次回はもう一か所、元陽村で開かれる「長卓祭」を訪れる。


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