心が辛い全ての人にお勧めの本「セルフケアの道具箱」
地下だというのに周囲は薄明るい。「これはもしや、地上に近づきすぎてしまったのか…」探索隊の隊長が慄いた声で告げる。隊員達に緊張が走る。地上など、1度も出たことがない。この何百年と、王国はそのように続いてきたのだ。静寂と、安寧をもたらす暗闇。腐葉土のかぐわしい香り。そんなものと一緒に。なのに今は轟々と響く音が遠くから聞こえ、乾いた香りすらする。陽の匂いだ…。
7月の終わり、昼の陽がレースのカーテン越しに入るエアコンの効いた部屋で、私はベッドにうずくまり、タオルケットに頭からくるまっている。視界にはタオルケットのユリの花模様とシワになったタオル地が広がっており、薄い布地が光を通し、薄明るい。私の頭の中で展開されていた「モグラ王国の探検隊」は、だから地上に近づきすぎてしまったのだ。
タオルケットに頭から潜っていたら、子供の頃夢中で空想した記憶を思い出した。「大きな布にくるまる」。「セルフケアの道具箱」第1章にある、心を落ち着かせるワークの1つである。
論理的である事は、メンタルヘルスの最初の、基本作りとしては必要である。荒れ狂う感情を冷静に眺め、自分の辛さが何であるのかを見極めた後、論理的に反論するなど(認知療法)ーー確かに自分の心をコントロールしようとする時、最初には役立つものだ。
しかし、論理で感情は抑え切れない。心が苦しんでいる時、感情は荒れ狂いながらも、ぐるぐると思考は回転し、自分を傷つける考えや言葉を生み出していく。思考が回るほど、自分を追い詰める論理を、思考は生み出す。だから最終的に苦しみを抜けるには、思考ではなく感覚に軸足を置いて、自分の体や世界をただ微細に感じる、そのことで思考を止め、感情に寄り添うしか痛みは止まらない。
思考ではなく感覚で、そして夢の中のような心地で「今ここ」にいること。それが苦しみを和らげる。
最近読んだ本の中で、メンタルの痛みに効くだろうなと思ったのが、「セルフケアの道具箱」(伊藤絵美著)である。この本には、理屈はたいして書かれていない。しかし実際に心をケアするのに効く、小さなツールが、100個書かれている。
例えば冒頭のワークは、辛さが非常に高くて、いてもたってもいられない時、毛布や大きな布にくるまる、というものだ。
科学的にどんな根拠があるのか、この本では解説をしない。ただ、「くるまりましょう」と書いてある。そして実際やってみると少し落ち着く。子供の頃、怖いと毛布にくるまってやり過ごしていた頃の記憶が蘇り、布団に潜ってモグラの王国を空想していたのを思い出した。
そんな夢中で遊んだ頃の感覚が思い出されれば、気がつくと少し、苦しさは減っている。他愛もないワークだが、大きな可能性を秘めている。
そんなワークが100挙げられている。感覚に根ざして自分の世界を見るマインドフルネスのワーク、自分の心の中の負の信念を見極めるスキーマ療法のワーク、それをケアしていくコーピングのワーク、どれも確かな効果があるものだ。
そして最後の章はインナーチャイルドのケア。自分の中の傷ついた子供をケアしていく方法が書かれている。
各章で2つから3つを選び、時間をかけて繰り返していくことで効果がある。
論理でケアするワークから、感覚、感情を扱うワークまで。100個のワークは多岐にわたる。その順序も流れがあり、実効的な本になっていると思う。心が辛い人、メンタルが不調な人、今どんな状況にある人に対しても、それぞれが今役立つワークが見つかると思う。
今、メンタルが不調で、辛い、苦しい状態にある人に、広く勧めたい本である。