住宅の省エネ法と多様な住まい手へのアプローチ
住宅の省エネ化は日本における喫緊の課題であるものの、法の整備においては多様な住まい手への対応が大きな課題となる。例えば住宅における省エネ基準への適合義務化は、金銭的に困難な個人を想定した反対意見もあり見送られた。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告書の中では、気候変動への対策として「緩和」と「適応」の概念が掲げられた。ここでの「適応」とは気候変動に対して人間社会がその在り方を調整することを旨とし、この発想は建築分野における省エネルギー化においても重要な概念となる。広い意味で寛容な制度や社会の形成を支えるアイデアに繋がるだろう。しかし、異なる暮らし方や環境意識を持つ個人がいる中で、彼らの住宅における省エネルギー行動や環境適応行動を法的枠組みに組み込むことは容易ではない。
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従来の国内におけるボトムアップ的な省エネルギー政策では、住まい手の環境適応能力や、住まい手の環境適応行動を可能とする建築計画を有利に評価していなかった。例えば、住宅のエネルギー性能の評価システムとして普及している「住宅に関する省エネルギー基準に準拠したプログラム」や「BEST-H」では、住まい手による環境適応行動を、住宅のエネルギー消費性能の評価に十分に反映していない。建築の性能評価においても、これまでは床面積や外皮性能、導入設備のみが考慮され、居住者の環境適応行動を促す優れた計画は評価の対象にならなかった。
人間の環境適応や、それを促す建築の形態が有利に評価される基盤を作ることが、社会に「適応」の概念を導入するうえで重要だろう。そのためには、人間の環境適応を建築の消費エネルギー性能や快適性の評価に反映するシステムが必要である。また、人間の環境適応行動を媒介する建築の形態を加味した評価が望ましい。中野ら*が既往研究を整理している通り、環境適応研究はこれまで数多く行われてきたが、これを人間と建築の総体によりもたらされる一つの性能として評価しなければ、「適応」の概念によって社会の在り方を調整することは難しい。まずは住まい手のビヘイビアと居住環境の情報が紐づいたデータの集積が必要になるだろう。
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建築物省エネ法の改正により、300m2未満の小規模非住宅・住宅では省エネ基準への適合義務化が見送られたものの、新たに建築士から建築主への「説明義務」が課されることになった。設計者と住まい手の意識を直接的に改革させる法的アプローチとなる。全ての個人に最低限のレベルの知識を共有させるボトムアップ的な手法と解釈することもできるが、政策と個人の多様性の間に軋轢を生じさせない配慮も伺える。
住宅の省エネ化に関する法は、個人や社会との密接な関係の中でアプローチの仕方が検討されている。厳格化も止むを得ない状況ではあるが、建築の設計者はこれを味方につける方法論も示し得るだろう。また、環境工学の研究者は、設計者の思想により取捨選択を受ける様々な理論の補強や重要性を示すことで、意義のある協働ができるかもしれない。
参考文献
中野ら: 半屋外環境の熱的快適性に関する考察 -温熱環境適応研究の日本における温熱環境計画への応用とその課題-, 日本建築学会環境系論文集, vol.79, pp.597-606, 2014
IPCC, AR5 Synthesis Report: Climate Change 2014, https://www.ipcc.ch/report/ar5/syr/