『常盤団地の魔人』 佐藤厚志
題名に「団地」とつく本を見るとつい読んでみたくなる。
というわけで手に取ったこちらの本、濃厚な“団地感”と少年時代のわくわく感が余す所なく詰めこまれた美味なる一冊で、一気に読んでしまった。
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冒頭のこの記述から、常磐団地が位置する一帯の雰囲気がうかがわれる。
常磐団地はそこから想像される通りの、壁がひび割れ、老人やブルーカラーの住人が多く住む老朽化した団地だ。
三号棟に住む今野蓮は今年小学三年生になる男の子。新学期を目前にしたある日、団地の敷地内をぶらぶら歩いていたところで、見かけない同い年くらいの少年と出会う。
新しく団地に引っ越してきたヤマモトシンイチとの出会いだった。
言葉も交わさないまま自転車レースや鉄棒懸垂の対抗戦を始めるというエネルギー任せのコミュニケーションで2人は初対面の儀式を通過し、以後信頼し合う仲間となる。
シンイチと親交を深めたり、新しい学級での交友関係に気を揉んだり、団地内の小学生ギャングとうまく付き合ったりすることに忙しい蓮の日常。
ここに、奇怪な「魔人」の影が見え隠れする。そう、どうやら蓮が一人の時に現れ、つけ狙う魔人とやらが存在するらしいのだ。
そしてその魔人と関係があるのかないのか、常磐団地では時折り、奇妙な事件が起こる。風に飛ばされた帽子が、帰るとドアノブにかかっていたり、盗まれた自転車が駐輪場に戻ってきたり、ベランダから落ちた子供が無傷で帰宅したり・・・!
ちょっと不気味な超自然的現象と、日々繰り広げられる少年たちの躍動的な日常、そして団地という独特な世界。軽妙に進む物語に夢中になる。
団地の少年たちは、万引きをするわ小さな子からボールを奪って遊ぶわ、という悪ガキなのだが、からっとした書き口のためか憎めない。一緒になって悪事に加わるような高揚感を持って読んでしまう。
蓮の冒険に満ちた日々の中で徐々に見えてくるのは彼らの決して恵まれているとは言えない生活環境であり、ついには魔人の正体も明らかになるのだが、、、半ば牧歌的な前半〜中盤から終盤の心を揺さぶる展開への流れは衝撃的だった。
物語の面白さもさることながら、子供ならではの感性のみずみずしい描写も本書の醍醐味だ。
自分の家が突然消えてしまっていたらどうしよう、というような荒唐無稽な妄想にドキドキしたり、町の反対側のいつも行かない道を歩くだけでなぜか通行人までよそよそしく感じたり、といった子供ならではの感覚に覚えはないだろうか?あるいは、2、3歳年上の子供の妙な威圧感や、耳鼻科に通院する憂鬱など。
そんな忘れていた遠い日の感受性が呼び覚まされる甘酸っぱい快感を、蓮の日常はたっぷりと運んできてくれる。
団地小説ファンならば読んで後悔はない一冊。
小学校中級以上のお子様にもおすすめだ。