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『ノスタルジア』 ミルチャ・カルタレスク

年末年始、ひたすら読書だけに没頭できる休暇を持てたら、この一冊に取り組むのも良いのではないだろうか。ルーマニアの作家ミルチャ・カルタレスクの初期代表作『ノスタルジア』である。読めばきっと迷子になるが、迷子になってもそこに居続けたくなる、魔力のような魅力を持つ本だ。
難解な白昼夢のようなこの作品集から一作品紹介しよう。

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『ルーレット士』は、孤独な老作家の筆で語られる、一人の驚異的な人物についての物語だ。

ロシアンルーレットのプレーヤーはかなりいたのだが、単に「ルーレット士」といえば、もっぱら彼のことだった。

それは語り手の幼馴染である、激しく、危険で、リビドーに翻弄されているような男だった。
語り手が作家として軌道に乗り始めていた頃に偶然再会した彼は、「ルーレット士」という呼び名が固有名詞となって彼を示すほどに有名な、ロシアンルーレットのプレーヤーになっている。

パトロン(ルーレットプレーヤーの雇い主であり、ゲームの主催者)、株主(ゲームで金を賭ける客)、そしてルーレット士(ルーレットプレーヤー)によって構成される、究極のギャンブル。一人の命と運との一発勝負が、地下の暗闇の中ひっそりといかがわしく行われていた。

6に1つの確率で命を落とす危険な賭けを商売にして、悪魔的な強運を見せ続けている彼は、その世界では生きる伝説であった。

彼の緊張感は、目を固く閉じ、歯を食いしばって、いきなり引き金を引くときに最高潮に達した。カチッと小さな音が聞こえて、そのあと彼の重い骨組みがぐんにゃりと床に倒れ込む。失神しているが、無傷だ。ゲームの後の数日間は生気がなく寝込むのだが、すぐに快復し、キャバレーと売春宿の間を往復する生活に戻るのだった。

あまりにも勝ちが続き、とうとう1/6のルールを破り弾丸の数を2つ3つと増やしていっても彼の強運は断ち切られない。
もはやそれは賭けではなく、入場券を払うただのショーとなる。会場は広く豪華になり、薄暗がりはシャンデリアに、安物のビールは高級酒に取って代わられる。
そうして彼はいよいよ、もはや運の入り込む隙のない究極のルールを適用したルーレットを催すのだが。。。

重厚な語りと絢爛な描写、そして驚異的な物語の凄みに窒息しそうな快感を覚える。これぞ文学の極みの味わいだ。この完成された作品の中では、事実とフィクションの区別など瑣事に過ぎないと感じるのである。

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一冊すべて読みこなそうとするなら、相当の時間と集中力が必要な難書である。しかし一作品でも、もしくは一ページでも一節でも、ぜひその文章に触れてみて欲しい、文学の宝玉のような一冊である。