絵画の中の本を再現① クレスピ《Libreria(書棚)》
プロローグのようなものを書いてから7か月。
少し書いては下書き保存。追加して下書き保存。
少し間をあけ、今に至ります。
さて、以前書いたように、一番初めに再現してみたいと思った作品が、
ジュゼッペ・マリア・クレスピの《Due sportelli di libreria con scaffali di libri di musica(Libreria)》、日本語では「書棚」と訳されていることが多いようです。
本棚に本が並んでいる。立ててある本、平置きの本、開いてある本、その中には楽譜もあります。羽ペンやインクつぼ?小瓶、右下の円錐形の置物も描かれています。
この作品には、どんな本が描かれているのか。
そんなことを考え始めたものの、特に調べることもなく、たまに画集などで見かければ、気になるなあと思うだけの日々。
本の修復を学び始めてから20年近く、製本技術を身に付け、今では本を見かければこの本はどんな構造をしているのだろうかと本を観察してしまう日々に変わりました。
せっかく身に付けた製本技術。
本を作ってみようということで、以前から興味があった《書棚》への
挑戦でした。
ジュゼッペ・マリア・クレスピについて
ジュゼッペ・マリア・クレスピ(Giuseppe Maria Crespi、1665年3月14日 ~ 1747年7月16日)は、イタリアのボローニャで生まれ、若いころからスペイン風の衣服を着るのを好んでいたことから「ロ・スパニョーロ(lo spagnolo)」または「ロ・スパニョレット(lo Spagnoletto)」とも呼ばれていました。
宗教画、風俗画、肖像画などさまざまなジャンルの絵を描いています。
作品について
1725年頃にジョバンニ・マルティーニ(Giovanni Battista Martini、1706年 ~1784年)の依頼で描かれた作品です。
ジョバンニ・マルティーニは、1725年19歳の時にボローニャにあるサンフランチェスコ教会の学長に任命されて以降、音楽家及び音楽教師として活躍している。マルティーニは音楽史料の収集家でもあり、その総数は1万冊を超えると言われています。
この作品に描かれている書棚は、マルティーニの書棚を描いたものだと言われています。描かれている本のタイトルについてはGuy Shaked氏の論文 '' Il Dipinto la Biblioteca Musicale di Giuseppe Maria Crespi, Come fonte d' Informazione sulla storia della musica di Padre Martini '' に詳細が書かれています。この論文を見つけた時は、こういう研究をしている人もいるんだと驚きました。
描かれた本の特徴
作品に描かれた本をよく見てみると、本の背に2本または3本の線が浮き上がって見えます。これは、本を綴じるときの背バンドだと考えられます。
また、左の2段目にある斜めに置かれた本はやや硬そうですが、それ以外の本の表紙は柔らかそうに見えます。薄い茶色の表紙で、ややシワがあるようにも見えることから、おそらく羊皮紙が使用されていると考えられます。
描かれた時代も考えると「リンプ装」と呼ばれる製本ではないかと考えました。
本の選択
まず作品の全体の大きさから一段目に描かれた本の寸法を仮定しました。
作品の寸法は、下記の通り。
右の書棚 165.5 × 78 cm
左の書棚 165.5 × 75.5 cm
印刷した画像の寸法と実際の作品寸法から縮尺を計算してみました。
本の天地と背幅しか分かりませんが、
天地はだいたい28 cm~37 cm程度、背幅は5 cm~10 cm程度。
どの本を選択するかに関しては、何の規準もないので、なんとなく
中くらいの大きさに見えた右側の棚の右から3冊目にしました。
背表紙タイトル Arte Pratica del P.M.G:B:Chiodino
(本のタイトルは、上述のGuy Shaked氏の論文を参照)
計算上は
本の天地 34.0 cm
本の背幅 10.2 cm
製本工程
① 折丁を作る
本文紙は竹尾で購入した「デカンコットン」を使用
② 綴じる
綴じ糸は麻糸を使用
綴じの支持体はトーイング革(みょうばんなめしの革)
③ 花ぎれを編む
④ 表紙を作る
⑤ 表紙と中身(本文ブロック)を接合する
結果
まず第一に、羊皮紙の色が違いすぎます。
染めれば雰囲気が出るとは思うのですが…、そもそも種類が異なる可能性もあります。
次に、背バンドの位置が分からない。
羊皮紙の厚さなのかもしれませんが、描かれた本のようにはっきりと背バンドが見えません。
作ってみて気になったことは、本の大きさです。
「リンプ装」という製本から考えると大きすぎる気がしました。
そして当然ながら、前小口の処理がわかrなかったので、描かれている別の本を参考にして前小口の表紙は少し折り込みました。
課題
課題は以下2点
本の大きさの再検討
羊皮紙の種類
作品から寸法を割り出したので、本の大きさは仮定です。
制作した本を見ても違和感がある。
リンプ装の本の大きさについて検討する必要がありそうです。
そして、羊皮紙の色。種類というのか、もう少し茶色の皮紙を準備しようと
思います。もしくは、染めるか。
羊皮紙の染色…。これはこれで調べなくてはいけないけれど…。
感想
企画から実行まで数年がかかりましたが、ひとまず第一段階を終了。
描かれたものを再現するためには、描かれた作品からどれだけの情報がつかめるのかが重要であるとともに、製本の歴史も必要な知識だということも
理解しました。
絵画が描かれた時代にどんな本が作られていたのか、材料や装丁など実際の本と比較するのも面白いと思い始めました。
昔の本は、持ち主が自分好みの装丁に仕上げるために製本家に依頼することがありました。また現在にいたるまでに修復(綴じ直し)が行われていることが多いと考えられています。そのため、同じタイトルでも同じ装丁であるとは限りません。今回の再現でも、現物があるなら参考にしようと考え、タイトルを検索したのですが、タイトルページしか見つけることができませんでした。実際現物が残っていても、ネットで検索する場合は、装丁まで画像が出ていることは少ないため、所蔵している図書館などに行かなければなかなか目にすることはできません。
なんの本を再現するかによりますが、ダンテの『神曲』などは、現在さまざまな装丁が残されていますが、どの本の形態が描かれている書物と近い装丁はどれか、また実際に再現できるかなど考えているとワクワクしてきます。
クレスピの《Libreria》の再現については、今回あげた課題をクリアできるように調べ直しをして作品を作り直します。
次の本の計画も並行して考えています。
イタリア留学中にボローニャに行って1度は観ている作品なのに、
その時のことがほとんど思い出せません…。
旧ボローニャ大学の人体解剖室を見たこと、ボローニャの広場(Piazza Maggiore)を横切ったことは覚えているのに、この作品を見た記憶が
ない。本物を見逃したのか。
またイタリアに行く機会を持ちたいと思っているのですが、いつになることか。その時にはイタリア語ももう少し話せるように今から勉強しよう…。英語も…。