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朗読劇脚本『涙くんと涙ちゃん』

3/6に行われた、noteさんとソニーミュージックさんのイベント「第1回カタチ発表会」。そこで上演してもらった朗読劇『涙くんと涙ちゃん』の脚本を公開いたします。すこし長いですが、読んでいただけると幸いです。
※演出による修正が入る前の脚本です。本番とは少し文章が違う部分もありますがご了承ください。


川瀬:
涙が出る、あふれる、こぼれる。
涙に関わる言葉は、受動態、つまり受け身の言葉が多い。涙は自由に制御が出来ないものだから。「涙を出す」とはあまり言わない。

だけどもし、涙を自由に「出す」ことができたら?考えたこともなかった。

これは、涙を「出す」ことができた、あるいは「出す」ことができてしまった男の、少し変わった半生の話。



SE:少しざわざわとした、ファミレス店内の音。

川瀬:
平日夜のロイヤルホスト。21時を回っていて、店内には所々空席がある。俺と藤野が座った窓際の席からは、駅前通りの電飾看板と、行き交う人達が見下ろせる。

藤野:「ちょっと見ててな」

(藤野、川瀬のほうをじっと見ながら涙を流す)

川瀬:「えっ?ど、どうした?」

俺は驚いた。藤野の目頭から、ツー、と涙が溢れ出したのだ。テレビで見るような、役者が役に入り込んで泣くのとはワケが違う。涙はなんの前触れもなく、蛇口を捻るように出てきた。

藤野:
「まあ、びっくりするよね。これが俺の特技というか、体質?」

(テーブルの紙ナプキンで涙を拭き取る藤野)

川瀬:「自由に涙を流せる…ってこと?」

(藤野、頷く)

藤野 :
「子供の頃から出来た。親も知らない。だから病院にも行ってないし、原因もわかんない。友達に教えるのもお前が初めてだな」

川瀬:
じゃあどうして俺に見せたのか。ただ、様子を見るに茶化しているわけではなさそうだ。顔は笑っているが、声がやや緊張している。

藤野:
「この体質のせいでな、色々あってさ。
長くなるけど聞いてほしくて。今までの俺のちょっと変わった人生の話」



川瀬:
 藤野と会うのは大学を卒業してから4回目か。今もこうして連絡をくれる同級生は藤野くらいだ。ありがたいと思っているし、こいつのことは好きだ。だけど正直、藤野がどうしてこんなに俺と仲良くしてくれるのか分からない。
昔から俺は人付き合いが苦手で、友達が少なかった。対して藤野は、顔が良くて常に彼女がいたし、賢くて気配りもできるから、周囲からも信頼されていた。仕事だってきっとバリバリこなしているんだろうな。藤野はいわゆる“オモテ側”の人間だ。俺は“ウラ側”。
そんな俺をどうして藤野はずっと慕ってくれるんだろう。わからない。

でも今日の藤野はいつもと違う。涙を自由に出せる?変なことを言い出すし、とにかく落ち着きがない。その上、「これまでの人生の話を聞いてほしい」なんて、今まで自分の過去なんか全然話さなかったのに……。



藤野:
「小学4年の時かな、自由に涙を流せるってこと気づいた。最初は、自分はすごい能力を生まれ持ったんだって嬉しくて、クラスで得意げに披露してたんだ。授業中に嘘泣きして先生困らせて、後でクラスメイトに、さっきの見たか!って自慢げに言ったりして。みんなも、藤野くんすごい!とか言ってくれるから、余計調子に乗ってさ。

でもある日、ふとしたことで、ある男子と女子が喧嘩をはじめたんだ。男子の方が言い勝って、女子がわんわん泣き出して、それ見て男子がぽろっと言ったんだ。

”キモっ、藤野みたいじゃん”

それでそいつが俺の方見て、あ、やべ、って顔して。
それだけじゃなかった。クラス中みんな『あ〜言っちゃった』みたいな空気になってんだよ。
え、もしかして俺のことみんな引いてたの?俺だけ何も知らずにはしゃいでたの?って。そう気づいた瞬間、みんなの顔とか、見えてる世界とか、全部が白黒反転したみたいで、気が飛びそうなくらい恐ろしくなったんだ。

 それで、もうこの体質のことは人に話さないって決めて、そこから必死で“普通”を演じた。合唱コンクールとか卒業式とかでみんな泣く時に、絶対に不自然になっちゃいけないって思いながら、場の空気に合わせて涙を流すんだよ。どうしたら普通の子供っぽくなるかって頭で考えながら、周りを真似て声も出しながら泣くんだ。

俺だって合唱コンとか頑張ったらそれなりに感動はあったんだけど、気づいたら『どうやってうまく泣くか』ばかり考えてて、そんなことしてると、嬉しいとか悲しいとか、みんなが感じてることとは随分違うところに一人だけいる気がして、すごく虚しかった。

感情の到達点って、最後は涙だと思ったんだ。嬉しかったりさみしかったりの気持ちが膨れ上がると、涙に行き着く。でも俺の涙は“意図的なもの”でしかない。みんなの涙とは違う。自分は感情の一番奥がぽっかり空白なのかも、って思った。
深いところで俺は、人と同じ気持ちになれない。みんなとの間に、埋められない心の距離がある。
だから、自分が嫌われず生きていくためには、“普通”を演じるしかないって思った。中学生になっても、高校生になっても、ずっと、普通の人間を演じなきゃって、思い続けたんだ」

川瀬:
話している藤野の両手のジェスチャーが、不自然に細かい。誰にも言ったことのない胸の内なのだろう。



藤野 :
「大学生になって初めて、この体質の活かし方を見つけたんだ。秘技、泣き落としだよ」

川瀬:「泣き落とし?」

藤野:
「合コンとか行ってさ、女の子の身の上聞きながら、スーッと涙を流すんだ。それで女の子とを落とせるって気づいたんだ。まあ顔の良さもあるんだろうけどね」

川瀬:「サイコパスの発想だな」

藤野:
「少しはいい思いもさせてくれよ。それに、簡単に泣き落としって言うけど、結構難しいんだぜ。ただ泣けばいいってもんじゃない。タイミングによっては困惑されたり引かれたりするからね。その点俺は、いつどんな状況で泣けば自然か、相手の心を動かせるか、長年の経験から分かってるんだ。これだけで本が書けるかもしれん」

川瀬:「その本買う人いるのか?」

藤野:
「普通は二人でバーにいる時とか、帰り道一緒に歩いてる時に泣くって考えるだろう?でもダメなんだ、ムードが良過ぎるとこっちが泣いた時に相手が逃げられない。相手が泣いたことにしっかり対応しないとっていう思うから、負担を感じるんだ。だから、皆で飲んでいたり2次会のカラオケの中で二人で話している時に、しれっと泣く。その子にしか分からないくらいの感じで。そんなにムードのある場面じゃないから、相手は『えーちょっと泣かないでよー』くらいのノリで収められる。でもそんな状況の方が、心に深く楔(くさび)が入るんだよ……」

川瀬:
「あぁ、なんか人間不信になりそう」

藤野:
「お前もともと人間不信じゃん。

まぁ、そんな感じで、何人か女の子を落とした。
でも虚しいよね。本当に共感してるわけじゃないし」



藤野:
「そのくらいの時だね、川瀬と知り合ったのも。覚えてるかな、大学2年のときキャリアデザインの一環でOB講演があったろ。TV局に勤めてるっていうなんかゴツい人が来てさ」

川瀬:「あー、あったような……」

藤野:
「その人が、俺は誰より面白いものを作りたい!とか、寝なくてもいいと思えるくらい愛せる仕事を見つけろ!とか、熱い感じで話してて、マジで俺、何なのこの話?と思ってたんだ。だけど講義室の雰囲気全体が、ウンウンって感じですごい前のめりになってて、ああ皆こう言う話好きなんだーとか思いつつ、俺も適当に頷きながら合わせてた。で、講義終わってアンケート提出があったんだけど、周りの奴が5段階評価の5とかつけてたから、俺も一応4くらいにして『とても刺激的なお話でした〜』みたいなコメント添えてさ。

で用紙を提出する時、前にお前がいたんだよ。で、チラッと中身が見えて。覚えてる?お前、評価1にマルつけて、コメント欄にたった4文字、ツマンネ、って書いてた」

川瀬:「そんなことあったっけ?」

藤野 :
「いやーあれほんと痺れた!同じ学科なのに話したことなかったけど、それでちょっとこいつ合うかも、って思ったんだ」

川瀬:「そうだったんだ……」

(コップを持って立ち上がる藤野。)

藤野:「ちょっとドリンク取ってくる。お前は?」

川瀬:「あ、まだ大丈夫」

藤野:「そっか」

(グラスを手に持ち、ドリンクバーコーナーに向かう藤野※一時退場)



川瀬:
そのOB講義の後に、藤野から急に話しかけられたことを思い出した。その時も今日みたいに藤野は落ち着きがなかった。遠目から見ていたときの人気者の顔とは、ずいぶん印象が違ったのを覚えている。

そこから藤野は俺を誘ってくれるようになった。藤野にはたくさん友達がいたのに、なぜか俺と会うときは二人だった。藤野と俺が一緒にいることは、周囲には奇妙に思えただろうな。俺自身も正直ちょっと奇妙に思っていた。でも藤野は、俺といるのが居心地良さそうで、それは俺も嬉しかったけど、同時に不思議でもあった。

だけど、もしかして俺はこいつのことをいろいろ誤解していたのかもしれない。こうして藤野の過去を聞いていると、そんなふうに思ってきた。



(アイスコーヒーのお代わりを持って、藤野が席に戻ってくる)

藤野:「さて、ここから第二章」

川瀬:「第一章『泣き落としの藤野』は終わり?」

藤野:
「そう。『ジャックナイフ川瀬』と『泣き落としの藤野』が出会って第一章終了。第二章社会人編のはじまり。」

アイスコーヒーを口に含んで飲み込む藤野。そしてゆっくり深呼吸をして話し出す。

藤野:
「4年目の異動で、咲っていう同期の女の子と同じ部署になったんだ。
この子が同期の間で結構有名人だったんだけど、なぜかというと、とにかく奇跡みたいな泣き上戸なんだ。仕事で褒められても泣いて、怒られても泣いて、少なくとも1日1回は泣いてるって噂で、ついたあだ名が涙ちゃん」

川瀬:「涙ちゃん……」

藤野:
「それまで直接話したことはなかったんだけど、同じ部署になったら、噂も大袈裟じゃないってことが分かった。
とにかくワーっとよく喋る子でさ、ミーティングでも関係ないこととかスッゲェ話しちゃうんだ。そしたら上司に、ちょっと黙ってくれ、って叱られる。それで反省して泣きだす。この流れが週2回くらい起こる」

川瀬:「……すごいな」

藤野:
「あとは嬉し泣きパターン。自分のプレゼンが通ったりしたときはもちろんで、後輩がはじめて売り伸ばしに成功したとかでも泣くんだ。良かったねーって咲が泣き出して、つられて後輩も泣き出して、それが事務のおばちゃんとかにも波及して。奇妙な光景だよ、なんか卒業式が無限ループしてるみたいでさ」

川瀬:「あー俺は苦手かもなぁーその子」

藤野:
「おれもそう思った。
どう絡んだらいいか分かんないから距離取ってたんだけど、そういうのお構いなしで距離詰めてくるんだ。まぁ部署で唯一の同期だったからね。それで最初はちょっと鬱陶しいなーって思ってたんだけどさ、話していくと案外居心地いいのかも、なんて思うようになってきてさ。とにかく全く気を遣ってこない直球一本勝負だから、こっちも楽なんだよね。俺の習慣になっちゃってた腹の探り合いとか、そういうのを咲といると忘れられるというか。
そうしてるうちになんか流れで、咲と付き合うことになったんだ」

川瀬:
「は?なにその展開?また泣き落としの藤野?」

藤野:
「いやいやいや!今回はホントに!そういうことはなかった。なんかすごい自然な流れでそうなったというか、今までに無かったパターンで俺もびっくりしたよ」

川瀬:「ふぅーん、そういうのもあるんだね」



藤野:
「そう。でも咲といる時間はほんと楽しくてさ。なかなかいないからねーあんな生き物。映画をふたりで観るんだけど、マジで何観ても泣くんだよ。バックトゥザフューチャーで号泣する人間見たことある?」

川瀬:「え?あれ泣くとこあったっけ?」

藤野:「3泣き」

川瀬:
「3回も?ちょっと俺もっかい観てみるよ」

藤野:
「とにかく感受性がすごいというか、感情を全く隠さずぜんぶ外に出すんだ。どうやったらこんな性格になるんだろうと思ってたんだけど、付き合って半年くらいで謎が解けた。
咲は親にもふつうに俺のこと話すから、付き合ってすぐご両親とも会ったんだけど、これがまた強烈で。お父さんは初心者向けテニススクールのコーチで、お母さんはフィットネスジムのダンスインストラクターなんだ」

川瀬:「なんかすごそうだなその家庭」

藤野:
「うん、もう食卓を飛び交うぜんぶの感情が全力なんだ。俺がお土産なんて持っていこうものなら、豊作の神に出会った村人くらいの勢いで感激するからね、逆に疲れるよ」

川瀬:
「そりゃあ賑やかな少女が育つわけだね」

藤野:
「納得だろ。でもほんとにいい人なんだ、お父さんもお母さんも。そんな感じで、俺の人生に今まで登場しなかった愉快な人たちに囲まれてさ、不思議な感覚だった。ずっとこの人たちと一緒に生きられたら楽しいだろうな、なんて俺っぽくないこととか考えちゃってさ」



(藤野はそこで目を伏せる。笑顔がじわっと溶けてなくなる)

藤野:
「……でも、付き合って2年経ったとき、咲のお父さんが亡くなったんだ」

川瀬:「えっ?」

(二人、しばらく沈黙)

藤野:
「……昨日まで普通の人より元気だったような人が、次の日突然、いなくなるんだ。肥大型心筋症ってやつらしい」

川瀬:「急死、だったんだね……」

藤野:
「家で一緒にいるときに咲に連絡が来てさ。咲、スマホをぶらんと持ったまま、窓際にじっと立ってるんだ。俺、その後ろ姿を見ながら、一緒に泣いてあげたいと思った。咲の前でこれまで涙を流したことなかったんだけど、偽りの涙でもなんでもいいから、何分でも、何時間でも、一緒に泣いてあげたいって思った」

川瀬:「……」

藤野:
「なのに咲……泣かないんだよ。あの咲がさ、泣かないんだ、全然……

どうして?と思って。でもその泣かない咲を見てると、なぜかわかんないけど、俺のほうが涙が溢れてきたんだ。演技じゃない本当の涙。ぼろぼろ出てくるんだ、止まんなくて。

それでもう何も考えるのやめてさ、泣かない咲をぎゅっと抱きしめて、声あげて泣いた」

(少し間を置く。そのあと藤野はゆっくりと続ける)

藤野:
「それで思ったんだ。
俺は涙が感情の到達点だとずっと思ってたけど、感情ってもっと複雑で、簡単に理解できなくて……。小学校の時から、自分の心が変わった形をしているとずっと思い込んで、その中でうまくやっていくことばかり考えてきた。でも、最初から変でもなんでもなかったんだ。

俺は特別なんかじゃなくて、今まで難しく考えすぎてただけだったんだな、って。

咲と、咲のお父さんが、それを教えてくれたんだ……」



(藤野は腰を浮かして座り直し、吹っ切れたような笑顔になる)

藤野:
「話が長くなったね。聞いてくれてありがとう。で、今日聞いてもらった理由が、これなんだ」

(そう言うと藤野は鮮やかな青色の封筒を取り出す。川瀬はそれを受け取る)

川瀬:「招待状?」

藤野:
「咲と、結婚します。俺あんまり友達いないから、小さな式なんだけど、お前には来てほしくて」

川瀬:
「あ、ありがとう……でも、俺でいいの?」

藤野:「何が?」

川瀬:
「いや、お前いっぱい友達いるのに、俺なんか呼んでもらって……」

藤野:
「は?なんだそれ。だって、呼びたいと思えるの、川瀬だけだもん」

(感極まった顔で藤野をまじまじと見る川瀬)

藤野:
「ん?なんかお前、ちょっと泣いてない?」

川瀬:「え?これは嘘泣きだよ」

(そう言って笑う川瀬。藤野も笑う)

川瀬:
ちょっと数奇なこの男の青春は、ひとまずハッピーエンドを迎えたようだ。
大学時代には見なかった藤野の表情に、俺も嬉しさがこみ上げる。

きっとふたりは、お似合いの夫婦になるよ。友として、全力で祝福します。

おめでとう、涙くんと涙ちゃん。



ーおわり





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