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ここがふんばりどころ キャリア・カウンセリング/キャリア開発のための人事講座(25)

 このメールマガジンも25号になりました。
 創刊が3月半ばでしたから、そろそろ半年になります。
 いやぁ、よく続いたものだ - 毎週水曜日に発信しているので、火曜日から水曜日の朝にかけてが勝負です。
 「著者充電中につき今回はお休み」と書いて出したいのをぐっとこらえて、文を書く‥‥。
 この、ぐっとこらえての部分、皆さんにも経験ありませんか?

 これをやっておけば明日は楽になるからここは踏ん張って‥‥
 これをやっておけば取引先のA課長が喜んでくれるから‥‥
 これをやっておけば評価がよくなるかも‥‥
 これをやっておけばノルマ達成は確実、業績給がアップする‥‥

 いろいろありますが、どうして「ぐっとこらえる」のでしょうか?
 何のための「ぐっとこらえる」のでしょうか?
 今回は、この「ぐっとこらえる」ときの「もと」についてです。

★ぐっとこらえる「もと」はなに?

 やらなくても何とかしのげることを、なぜ敢えてやろうとするのでしょうか?
 それは、そこにその人にとっての働くことの意味があるからです。
 ぐっとこらえさせる要因こそがあなたの「働きがい」を左右するものといってよいでしょう。
 あるいは何のために働くのかということを端的に示すものと言ってもよいかもしれません。

 お客さんが喜ぶだろうから‥‥ということであれば、それがあなたにとっての働くことのキーワードです。

 業績給が上がるから‥‥というのも重要なカギですね。
 働くということは、基本的には生活をしていくためですし、同じように時間と労力を使うなら、もっと多くの報酬が得られる方がよいですよね。
 報酬が多くなればオフの時間も有意義に過ごせます。
 ほかの人より多いというのはそれだけでもちょっと誇らしい気分になりますよね。

 明日が楽になるから‥‥というのも大切なことです。
 明日は何が起こるか分かりません。
 急に別のことを頼まれるかもしれません。
 仕事をきちんと仕上げようと思ったら、不確実な要素はできるだけ少なくしておきたいですから、今日できることはやっておいた方がよいかもしれません。
 あるいは、今日やっておくと明日はあまり仕事のことを考えないで、心豊かに過ごせるところがよいのかもしれませんね。

 いや、責任感だよ、あるいは義務感だよという人もいるかもしれません。
 この場合は何に対して責任感、義務感を感じるのでしょう?
 仕事を全うするということに対して?
 上司に対して?
 同じ部門で働く同僚に対して?

 是非、あなたの具体的な場面を思い出してみてください。
 キャリア・カウンセラーの方であれば、クライアントにたずねてみるのもよいかもしれません。

★マズローの欲求階層説

 ぐっとこらえる「もと」になるものを整理してみるのには、エイブラハム・マズローの欲求階層説が役立ちます。

 マズローはアメリカの心理学者で、人間の行動を引き起こす欲求は次の5つであり、階層を持つと考えたそうです。
  1)生理的欲求
  2)安全の欲求
  3)所属と愛の欲求
  4)承認の欲求
  5)自己実現の欲求
 これらは1から5に向けて、より高次の欲求と位置づけられています。
 また、これらは一度ある欲求が満たされると、もうその欲求は人間をどう気づけるものとはならず、次の階層にある欲求が行動を引き起こすものとなると考えました。
 1の生理的欲求とは生きていくための、食べたり、眠ったりといった欲求ですね。
 2の安全の欲求とは天災や病気あるいは戦争といった危険から身を守りたいという欲求であり、そういった安全な状態、安心できる状態が長く続いて、安定した生活をしていたいという欲求です。
 3の愛と所属の欲求とは、仲間が欲しいという欲求です。
 いくら安全に暮らせていてもひとりぼっちでは寂しいですものね。
 組織に属していたいというのもこの欲求です。
 村八分という言葉があります。
 江戸時代の頃から共同体の制裁行為として実施されていたもので、葬式の時と火災の時以外は、村全体で交際を絶ってしまうことといわれています。
 こうしたことが制裁行為として成り立つということは、非常に大きなインパクトを持っているということであり、人間の大きな欲求の一つだということが分かりますね(この例を引くまでもなく、現代では「いじめ」が、この人間の基本的欲求を踏みにじっているわけですが)。
 4の承認の欲求とは自らの存在を認めて欲しいという欲求です。
 所属の欲求が満たされるようになると、その中でも自分独自の存在を認めて欲しいと思うようになるわけですね(平たくいうと目立ちたいということでしょうか?)。
 そして5の自己実現欲求とは、自分がなすべきことをなすために自己の成長や発展を求める欲求です。
 承認の欲求が自分を認めてくれる第三者を想定していたのに対して、自己実現欲求は、それを超えて、かくありたい自分であろうとする欲求であるといえます。
 マズローはこの自己実現欲求については、いくら満たされても、さらに満たそう、もっと高度な自己実現を果たそうとする欲求を生み出すとしています。
 マズローの欲求階層説は、MBO(目標による管理)の根拠を構成する考え方としても有名ですから、人事を担当なさっている方であれば一度は学習されたことがあると思います。

 さて、先の「ここでぐっとこらえる」もとになるのは何か?-ということに話を戻しましょう。
 ぐっとこらえる「もと」になるもの、たとえばそれが「評価がよくなるかも」というのが「もと」なのだとすれば、ぐっとこらえて頑張ろうとする行動の源は、マズローの欲求階層説にあてはめてみると承認の欲求に該当することが分かります。
 いかがでしょうか?
 先に分析した「もと」はどこに該当しましたか?

 マズローは低次の欲求から高次の欲求へと階層を移っていくとしていますが、現実にはその時に置かれている状況や、気持ちの状態、仕事の充実度合いによっても変わってくると思います。
 逆にいうと、その「もと」をたどっていくと、今の自分の欲求のレベル
のようなものが分かるかもしれません。
 低次だと情けないですね-ということではありません。
 どの次元であろうとも、自分にとって、今行動の源になっているのはどの欲求なのかを知っておくことは、意志決定をする際の参考情報になります。
 承認の欲求を感じているのであれば、生理的欲求を満たせるような事柄に対応するものは、達成感を感じられたり、ぐっと踏みとどまってでも頑張ろうしたりということに結びつかないかもしれません。

 また、キャリア・カウンセリングの場面でいえば、クライアントがどのレベルの欲求を感じているのかを理解することは、クライアントを知る上で重要な手がかりになると思います。

 人事サイドの話にすれば、社員があと一歩頑張ろうとするかどうか、品質やサービスのレベルアップにもう一歩踏み込もうとするかどうかは、欲求のレベルにも関係しているということを、このことは意味しています。
 生理的欲求レベルの欲求を感じている社員であれば、いくらお客様の役に立つこと、またその時の感謝の言葉が励みになるかということを説いても、一歩踏み込んだ対応をしようという意志に結びつけるのは難しいことでしょう。

★意味の世界

 ここで気をつけなければならないのは、これらは全て「事柄」の世界ではなくて本人にとっての「意味」の世界であることです。
 つまり、現象面は同じであっても本人がどのように認識するかによって異なるということです。
 例えば「業績給が上がるからぐっとこらえる」という場合。
 本当なら普通に仕事をして、時間通りに止めてもよいところを、ぐっとこらえて、一歩踏み込んで、考えたり、サービスを提供したりしようとするのは、業績給が増えるからだ-現象面では同じことでも、ある人は「報酬が増えて自由に使えるお金が増える」ということに意味を感じているのかもしれませんし、またある人は「報酬の高さは自分に対しての評価でもあるから」ということに意味を感じているのかもしれません。

 ★ここでぐっと…こらえられないんですけど…

 でも「ここでぐっとこらえる」ということなんか考えられないという方もいらっしゃると思います。
 「それは仕事に対する姿勢が良くないからだ」-なんてことは申しません。
 ただ、今、やっていらっしゃる仕事にはそうしたこだわりを感じないということは言えるのでしょう。
 なんで感じないんでしょう。
 というよりは、どうだっらいいんでしょう?

 あるいはマズローの欲求階層説の方から眺めてみた場合、今感じている欲求を満たせるような要因が仕事の中にないでしょうか?
 そういう考え方をしてもよいかもしれません。

 ぐっとこらえる「もと」はなければならないというわけではありませんが、あると何とか踏みとどまっていられるということもあります。
 特に、今の環境には不満を感じているけれど、だからといって中長期的に考えると転職するのもなんだか・・・と思っているときなどは、当面の働きがいを探すということができるかもしれません。

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