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しきから聞いた話 119 つのかくし

「つのかくし」

 馴染みの古道具屋の前を通ったとき、中に見知った顔があった。

 山から下りて、町で葬儀屋を営む、狐だ。おそらくは仕事の絡みで、古道具屋の女主人に助けを乞いに来たのだろう。中へ入っていくと、こちらの顔を見るなり、高い声を上げた。

「うわ、すごいタイミング。丁度良かった、ねえ、ちょっと知恵貸して下さいよ」

 後ろでは、眼光鋭い魔女のような女主人が、やれやれといった調子で、ため息をついた。
 どうしたのかと問うと、狐は、数日前に山で、骨を拾ったのだと話し始めた。

 それが人骨なのか、ほかの何かなのかは、わからない。ただ、なんとなく気になって拾い上げたところ、突然、しゅうしゅうと音をたてるように色々なものが集まりだして、たちまち、ひとらしきものの姿が現れた。ひとらしき、というのは、

「ガイコツなの。骨だけ。でも、女だってわかるんだよね」
「憑かれたんだね。だから、わけのわからないものには、あんまり係わるなって言ってるのに」

 女主人が、呆れ顔で口をはさむ。

「でも、ついてきちゃったんだもん。そんで、事務所のソファに座って、じいっとしてるから、そこはやめてくれって言ったんだよ」
「だから、そうやって相手をするから、付け込まれるんだよ」

 ところで、その骨はどうしたのか、と訊くと

「拾ったところの、道の端に置いて来た。でも、それなのに、ついてきちゃったんだよね」

 さらに話を聞いていくと、骸骨女子はその晩、狐の夢に現れて、こう言ったそうだ。

「嫁入りの途上で、死にました。それが心残りで、成仏できません」

 夢の中でも姿は骸骨で、ぽっかりと空いた眼窩から、ぽろぽろと涙をこぼしたという。

「なんだい、その涙にほだされて、一肌脱ごうって気になったのかい」
「違うよ。だってさぁ、骨、置いてきたのに、ついてきちゃったんだよ。何かしてやらないと、怖いじゃない」

 弱りきった顔つきの狐を見て、女主人は、やれやれと言いながら腰を上げ、帳場の後ろの、和箪笥の抽斗を開けた。

「白無垢なんぞは無いよ。でもこれなら、どうだろうか、ねぇ」

 取り出したのは、色打掛だった。
 鮮やかな朱の地に、金糸銀糸で鶴亀、菊花があしらわれている。

「わあ、こりゃ綺麗だなぁ」

 のぞき込むようにして身を乗り出した狐の肩口に、

「おや、御新造さんがお見えかね」

 骸骨の上半身が、ぼぉっと浮かんでいた。

「え、うわ、なんだよ」
「ちょっと黙っておいで。さあ、これにお灯明やお香を供えてあげよう。どうだい」

 珍しく、優しい声で微笑む女主人が見上げた先で、骸骨は小首をかしげ、頬のあたりに右手をあてた。

「何か足りないかい。そうさねぇ」

 女主人も首をかしげ、右手を頬にあてる。女性同士の共感だろうか。

「あぁ、そうだ」

 立って、帳場の奥の箪笥の上から、大きな筒形の入れ物を下ろしてきた。

「さぁ、どうだい」

 かつらだ。黒々とした島田髷の、見るからに、丁寧に手入れされたものだった。
 骸骨の頬が、骨なのに、紅潮しているのがわかる。

 そのとき、骸骨の正体が知れた。
 女主人に心を許し、狐に感謝をしたゆえか。
 ふたりにも伝わったらしく、「あ、」と目を見開いたが、ふたりともに、すぐに小さくうなずいただけだった。

「さぁ、それじゃ、これも付けてあげないと、ね」

 手元の抽斗から白絹を出した女主人が、器用な手つきでかつらの周りを覆っていく。

 角隠しだ。

 骸骨の、ぽっかりと空いた眼窩から、つうっと涙が流れた。

 かつては人であったろうが、鬼に変じていた、妄執の魂。しかしそれは、仕方ないことでもあろう。自ら語ったように、嫁入りの途上で死んだ。いや、殺されたのだ。

 どれほどの時を、たったひとりで過ごしてきたか、知らない。
 なぜ、狐に憑いたかも、わからない。
 ただ、そういう時節だったということだろう。

 かつらを整え、手を止めた女主人が、狐の顔を見ながら、眉を吊り上げた。

「さあ、あんたはもうひと働き。せっかくだから、骨のある山にこれを持って行って、供養してあげるんだよ」

 狐は口をちょっととがらせて、肩をすくめて見せた。
 いやしかし、まんざらでもないに違いない。

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