綾部理

不思議な話、優しい話、が好きです。仏教とか、民俗とか、歴史とか、に興味があります。亡くなった息子(猫)をずっと愛しています。

綾部理

不思議な話、優しい話、が好きです。仏教とか、民俗とか、歴史とか、に興味があります。亡くなった息子(猫)をずっと愛しています。

最近の記事

しきから聞いた話 190 鷺の宮

「鷺の宮」  知人の紹介で訪れたのは、川辺に大きな水車のある公園だった。  迎えに出てきてくれたのは、公園の中にある環境保護の施設職員で、田中という人物だった。50代くらい、骨太のよく日に焼けた男で、いかつい顔つきだが笑うと愛嬌がある。誠実そうな人物だな、と思った。 「わざわざありがとうございます、どうぞ、中へ。少しご説明させていただきます」  連れていかれた事務所は、道の駅の土産物屋の奥にあった。座った目の前にペットボトルの茶が置かれ「こんなんで、すみません」と頭を下

    • しきから聞いた話 189 ほとけの後ろ顔

      「ほとけの後ろ顔」  年に数回、手伝いに行く寺の境内に、六尺ほどの高さの石仏が祀られていた。  蓮華の台座を入れて六尺だから、仏像そのものは、小柄な成人女性くらい。頬のふっくらとした優しいお顔立ちの、十一面観音だった。  先代住職がお元気だった頃から懇意にしてもらっており、法要だけでなく、色々な行事の手伝いに呼ばれる。先代はとにかく社会奉仕活動に熱心で、特に力を入れていたのが、孤児院の運営だった。  当代住職はその孤児院で育ち、先代の養子となった。先代を心から慕い、尊敬し

      • しきから聞いた話 188 洗われる業

        「洗われる業」  標高1,000メートルほどの山の麓に、清い水をたたえた池のある、古い寺があった。  境内の奥はそのまま山へとつながっており、斜面に整備された50段ほどの石段を上がると、いくつかの小祠が祀られている。その左手に、小さな滝が連続する清流があり、これは下の池を避けるようにしてさらに左へ流れ、境内の南西の端で暗渠となって消えていた。  数日前に受けた相談で、少々厄介なものを引き受けてきた。手元に置いてよいものではないので、ここへ頼りに来た。  境内の池は清いもの

        • しきから聞いた話 187 カラスの水場

          「カラスの水場」  早朝、駅まで歩く道すがら、スズメ達の話し声が耳に留まった。 「暑い あつい 「なんだってこんな朝から、こんなに暑いのかね 「水浴びしたいなぁ 「町のキツネが、水場を作ったって 「あぁ、聞いたよ でもそれ、あいつがふれ回ってるんだろ 「水浴びしたいねぇ  大きな車がごうっと通り過ぎ、スズメ達は、パッと飛び立っていった。  いま、6時を過ぎたくらいだというのに、もう陽が高く、じりじりと焼かれるような暑さだ。スズメでなくとも、ざぶりと水浴びしたくなる。  

          しきから聞いた話 186 ふかふか虫

          「ふかふか虫」  4日間続いた雨が上がったので、昼過ぎから散歩に出た。  時期はたしかに梅雨だが、雨の降り方は熱帯のような数日だった。ざっと降ってしばらく上がり、また雲が厚く流れ来て、ざっと降る。しとしとと柔らかく浸みてくるようなのが梅雨だと思っている身には、雨音の激しさも川の流れの強さも、ぴりぴりとした刺激になって、何やら不安を感じさせられる。  数日ぶりのからっとした青空に、胸の中にまで心地良い風が吹き渡るようだ。  遠景に田んぼの広がる住宅地を歩くと、多くの家が、た

          しきから聞いた話 186 ふかふか虫

          しきから聞いた話 185 竹の春秋

          「竹の春秋」  旧市街の奥、山を背にした竹藪に囲まれるようにして、その家はあった。  以前はもっとひらけた雰囲気だったのだが、竹藪を手入れするのがたいへんで、家人があまり気にかけないたちでもあり、家より竹が目立つようになってしまった。近所のひとが気安く筍掘りに来たりして、喜ばれるから余計そのままになる。そのうち裏山の狸やら穴熊までが来るようになり、人やら何やらの寄合所のようになってしまった。  家には老夫婦と、その孫が住んでいた。  働き盛りの息子夫婦は、仕事の都合で遠方

          しきから聞いた話 185 竹の春秋

          しきから聞いた話 184 施餓鬼

          「施餓鬼」 「すごく怖くて、でも、なんだか哀しげなもの達が、いたんです」  住職の横に座った初老の女性は、ひざの上で重ねた指先を見つめながら、ぽつり、ぽつりと話し続けた。 「父は、24歳で南方から復員したんだそうです」 「戦友がたくさん死んで、父も死にそうになったって」 「ガリガリに痩せて、でも、帰って来られたんだって」  父親の結婚は遅く、女性が生まれたのは、父が43歳のときだった。 「とても、可愛がってくれました。いつも優しい声で話しをしてくれて。でも、夜になると

          しきから聞いた話 184 施餓鬼

          しきから聞いた話 183 かなしみの棘

          「かなしみの棘」  犬を見てほしい、と連絡がきたときは、どんな珍しい案件かと、少しわくわくした。  なにしろ彼女は、野生動物の保護などに関わる獣医師で、犬についても知識は豊富だ。あるいは、生きている犬ではないのか、と考えもしたが、とにかく訪ねてみると、予想に反してとても日常的な、けれど痛ましい話であった。 「未緒は、犬と暮らすのをすごく楽しみにしていたの。でも、初めてにしては、ハードルが高すぎたわ」  彼女はまず、居間で茶を淹れてくれた。そして、おおまかな事情を話し始め

          しきから聞いた話 183 かなしみの棘

          しきから聞いた話 182 立春の小鬼

          「立春の小鬼」  毎年の開花を楽しみにしている梅が、散歩道にある。  天満宮の鳥居の下に植えられて、おそらく100年は経っているだろう。今年も順調につぼみが膨らみ始めていた。  立春の朝、もう遠目にも春が萌している。さて咲いてはいないものかと近付いていくと、梅の根元に、中型犬くらいの大きさの、何かがいた。 「まあまあ、そう、へこまずに。おまえがよく働いたということじゃないか」  これは梅の声だ。何かを、慰めているようだ。  よく見ると、それは、鬼の子供だった。 「あぁ

          しきから聞いた話 182 立春の小鬼

          しきから聞いた話 181 小さな龍

          「小さな龍」  湖のほとり、少し岩場のようになったところに、小祠が祀られていた。  知る人ぞ知る、という言われ方をすることも多く、たしかに遠方から拝みに来る人もいる。地域の昔話では、湖の成り立ちと共に語られており、小さく質素な小祠ではあるが、歴史は古い。  ここには、龍神が祀られていた。  ときおり姿を見かけるし、数回は話しをしたこともある。青磁の冴えた輝きを放つ、美しいうろこの龍だ。  この小祠では、12年に1度、新しい龍が生まれる。といっても、青磁の龍が産むのではな

          しきから聞いた話 181 小さな龍

          しきから聞いた話 180 気弱なほとけ

          「気弱なほとけ」  その家では代々、家の仏壇に入る者達はみな、三回忌までは成仏しない、と言われてきた。  成仏、する。  では、成仏とは何か。 「なんだろうねぇ。なんか、姿を見せなくなると、成仏したって言うよね」  仏壇の前であぐらをかいた長男が、そう言った。 「あら、私はおばあちゃんから、この家の先祖はみんなのんびりしてるから、仏さまになるのに時間がかかるって聞いたわよ。仏さまになって、生きてる人達を守ってくれるのが、成仏なんでしょ」 「なんだい、そりゃ」 「ねえ、

          しきから聞いた話 180 気弱なほとけ

          しきから聞いた話 179 想い雪虫

          「想い雪虫」  古い山城の跡に立つ山桜の葉が色づいて、もう半分ほども落ちている。  この数日の朝晩はめっきり冷え込んで、北の空にかかる鈍色の雲は、いまにも雪を降らせそうに重かった。  季節が動き、最初に降る雪は、なるべくこの山城の跡で迎えることにしていた。特に、親しい人を見送った年は、想いのかけらを受け取りに行く。  しかし、親しい人とはどのような人か。気がつけばこのところ毎年、ここに来ているのではなかったか。  ふもとからゆっくり歩いても、小一時間あれば山城のやぐら跡

          しきから聞いた話 179 想い雪虫

          しきから聞いた話 178 地下鉄

          「地下鉄」  数年ぶりに訪れた都市で、地下鉄に乗った。  もう半世紀以上も走り続ける路線で、駅の改札も、構内も、車輌も、ずいぶんと古びた印象を受ける。久しぶりだから、余計にそう感じるのかもしれないが、ホームに立って壁を見ると、何ヶ所も水がしみ出していて、やはり経年劣化だろうと思う。  なんとなく、天井が低い。  なんとなく、照明が暗い。  生き物と同様、鉄道も駅も、年を取っていくのだろう。  ガタゴトと電車がホームに入ってきた。  キーッとブレーキがきしみ、がくんと停まっ

          しきから聞いた話 178 地下鉄

          しきから聞いた話 177 八の字の眉

          「八の字の眉」  夏に熱中症で倒れたご隠居が、いよいよ老衰で危ないというので、見舞いに出かけた。  もう90もなかばで、あちこちが弱っている。それでも頭はまだしっかりしたもので、床の中で穏やかな笑顔を見せてくれた。 「体に、なんだか力が入らんで、もう、お迎え待つだけかなぁて」 「なに言ってんの。もちょっと頑張って。よりちゃんの赤ん坊の顔、見なきゃねぇ」  枕辺に座った娘が、気楽な口調で励ます。よりちゃんというのは、ご隠居の孫で、そろそろ臨月だという話だった。 「うん。

          しきから聞いた話 177 八の字の眉

          しきから聞いた話 176 北を待つ鴨

          「北を待つ鴨」   収穫を終えた田んぼの横の水路に、一羽の鳥がいた。  光沢のある緑色の頭、黄色いくちばし。  マガモのオスだ。   そういえば昨年も、今頃にやって来た。昨年は確か、もっと紅葉が早かったのではなかったか。思えば一昨年も、ここでこのマガモを見た覚えがある。  毎日ではないが、よく通る道だ。この水路は幅が広く、ちょっとした小川のようで、景色が良い。カモという鳥は、なぜか水辺の風景によく溶け込んで、そこにいるのが当たり前のようで、しかし季節のうつろいを教えてく

          しきから聞いた話 176 北を待つ鴨

          しきから聞いた話 175 器物たちの蔵

          「器物たちの蔵」  明け方、枕辺に見知らぬ女が立った。  目覚めていたから、いわゆる夢枕ではない。ようやく東の空がほのかに明けたくらいで、部屋は暗い。もしや鬼のような面構えなら見たくないな、とじっとしていると、あちらも立ったままで動かない。しばらくそうしていて、なんだか我慢くらべも馬鹿らしくなったので、床から起きると、いきなり女と目が合った。 「ごめんくださいませ」  いまさらな挨拶だ。 「お頼みしたいことが、ございまして」  口調は丁寧だし、物腰は柔らかで落ち着い

          しきから聞いた話 175 器物たちの蔵