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しきから聞いた話 144 独居の花

「独居の花」


 早朝の散歩に出たところ、近くの公園の桜が、ほぼ満開に咲いていた。

 近付いていくと、公園の外に張り出した枝の下、アスファルトに、花が随分と落ちている。百、いや二百でもまだ余るだろう。
 花びらが散ったのではなく、花の形そのままに、摘み取られ、まき散らされたように見える。

 枝の下に立って見上げると、犯行に及ぶもの達が、まだ忙しく動き回っている最中だった。

 スズメだ。
 メジロやヒヨドリなら、花の中にくちばしを差し込んで蜜を吸うが、スズメは花をちぎって、花弁の元を吸う。
 見ていると、三羽のスズメがそれぞれに、ここと居場所を決めた様子で腰を据え、次から次と花をついばんでいる。
 五弁の花びらの形をそこなうことなく、まるで洒落者が気取るように、くちばしに花をくわえ、ぐいと顔を上げ、小刻みに震わせて蜜を吸う。一輪に執着せずにぽいと放り、次の花、また次の花へと忙しい。

 放られた花は、まるで羽根つき遊びの羽根のように、根元を下にして、くるくると回りながら落ちてくる。
 そうして、くるくると落ちる花と、スズメが枝を移るときにはらはらと散る花びらとで、なにやら美しい桜の雨の絵をながめているような心持ちになった。

「あんた達、食いしん坊ねぇ」

 ひそやかに、風をわずかに震わせるように、聞こえてきたのは桜の声だ。
 それに対して、動きを止めもせず、若いスズメが元気に応える。

「今だけのご馳走だもの。姐さん、怒りやしないだろ」

「怒りやしないよ。どうせ、あと四、五日で、今年も仕舞いだからね。たんとお食べ」

 そこに、ほかのスズメも飛んできた。
 遠い枝に、メジロの姿も見える。

 なかなか賑やかで、楽しそうだね、と話しかけると、桜は相変わらずひそやかに、風を震わせるように答えた。

「たった独りで、咲いておりますのでね、わたくしの花は、実を結びませんのよ。それでもこうして鳥達が来てくれれば、無駄ではないと、思えますでしょう。ありがたいことですわ」

 桜は、自らの咲くこと、生きることを、考えながらここに立っているのだろうか。

 はらはらと舞う花びらは、ひとりきりを嘆く涙ではなく、鳥達と共にあることを想う、慈雨のようにも見えた。

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