しきから聞いた話 135 いわしの頭
「いわしの頭」
節分の前日、近くに用事があったので、町で商売をしている狐のところに寄ってみた。
狐は、葬儀屋だ。今でこそ立派な社屋を構えているが、最初は、事情を理解して下さった寺の住職や、古くからの地主などに助けていただいてきた。口の悪いところはあるが、心根は優しく真面目な狐であり、近頃では、自分と同じように、山よりも町で暮らしたいと望むもの達の、面倒を見るまでになっている。
今は一年で最も寒い時節だし、町の暮らしに慣れずに困っているものがいないか、などと心配しながら訪ねていくと、あにはからんや、事務所の横には6、7人が活気づいて立ち働き、焚火でもしているのか、白い煙が上がっていた。
「あれ、珍しい人が来たよ。なに、鼻が利くねぇ」
道路際に立っていた狐が、軽く手を上げ、にやっと笑った。
「丁度、いわしが焼けたとこ。ひとつ食ってきなよ」
近くまで寄って見回すと、いつもは駐車場として使っている場所に、コンクリートブロックを積んでかまどを作り、金網を置いて魚を焼いていた。
その横には、大人のひとかかえよりも大きな、素焼き皿のほうろくが置かれ、炒り上がったばかりと思しき大豆が、たっぷりと入っていた。
さらにその奥には、山から切ってきたのか、ひいらぎの枝がひと山、積んである。
「えへへ、ちょっとした小遣い稼ぎ。俺じゃないよ、こいつらが、さ」
狐は、にやにやしながら、鼻の頭を人差し指でこすった。
なるほど、節分の準備というわけだ。しかも、この数は。
「うん、このへんの自治会には、家に配って歩くからって、予算組んでもらったの。で、ついでにあちこち声かけて、少し売りに行けるくらいの数にしてさ。儲けを出そうってんじゃなくて、ね」
話している間に、近くで今まで魚を食べていたもの達が、三々五々、動き始めた。
かまどの脇には、食べる前に身からはずしたいわしの頭が、山盛りにされている。奥からひいらぎを持ってきて、手頃な長さに切っていくもの、それに、いわしの頭を刺していくもの。
薄紙を折って袋を作るもの、炒った大豆を入れていくもの。
できた柊鰯と福豆を、さらに手さげの紙袋に入れていくもの。
なかなか、手際がよいものだ。
「俺、思ったんだけどね、新しいことにあれこれ、手を出していくのもいいんだけどさ、こういう、古いことの方が、もしかして俺たちには合ってるのかな、てさ」
狐は、出来上がった柊鰯(ひいらぎいわし)をひとつつまみ上げ、目の高さで、表裏を確かめるようにしながら、言葉を続けた。
「これ、魔除けでしょ。いまの人間て、魔物がほんとにいるって、信じてるのかな」
手を止めた狐が、こちらをじっと見る。
「でも、いるよね」
それは、今更言うまでもない。
「でしょ。だったらさ、俺たちは、なんかそっちに近いとこにいて、そういうのを考えるっていうか、片足そっちにかけといた方がいいのかな、なんてさ」
珍しく、真面目な顔の狐。
こういうところは、偉い奴だな、と思う。
しかしこちらの感心もつかの間で、すぐまた悪戯っぽい目になって、にやりと笑う。
「わかる奴にしかわからない。わかる奴だけがくすっとできる、仕掛けもしてあるの」
そう言って、持っていた柊鰯を、こちらに差し出す。
受け取って、何のことだろうと見てみると
いわしの目がきょろりと動き、口がぱくぱくと動いた。
「鬼 払うぞ おにやらい おにやらい」
呆れた奴だ。
なんだ、これは。
「いいじゃない、このくらい。だって、わかる奴にしか、わからないって」
まあ、口出しをすることではあるまい。
案外、これをわかって、面白がるひとも、いるかもしれない。
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