「No.20」「怖い絵?」グリューネヴァルトの《イーゼンハイム祭壇画》
こんにちは!かずさです!
みなさんは中野京子さんの『怖い絵』という本を読んだことありますか?2007年に出版された本で、テレビで取り上げられたり、最近ではこの本にちなんだ展覧会が行われたりしていました。
今日は、この本の中に出てくる作品を紹介します!
作品紹介
今回の作品は、マティアス・グリューネヴァルトの《イーゼンハイム祭壇画》です。
1512年-1515年 油彩画 H269cm×W307cm フランス、ウンターリンデン美術館蔵
「可動式多翼祭壇飾り」の形式をとっている祭壇画です。上から場面はこんな感じになっています。
「第一場面:キリストの磔刑、聖セバスティアヌス(左)、聖アントニウス(右)」
「第二場面:キリストの降誕(中央)、受胎告知、天使の合奏(左)、キリストの復活(右)」
「第三場面:聖アントニウスの聖パウロス訪問(左)、聖アントニウスの誘惑」
私は去年、ウンターリンデン美術館に行ってこの作品を見てきたのですが、「怖い絵」というよりは「衝撃的な絵」といった感じでした。一度見たら絶対に忘れられません…。
この作品は、元々ストラスブール近郊イーゼンハイムの聖アントニウス修道院にあったもので、そこでは「聖アントニウスの火」と呼ばれた麦角菌中毒の患者を治療する施設がありました。
聖アントニウス、聖セバスティアヌスが描かれているのは、(もちろん聖アントニウス修道会の祭壇画ということもありますが、)彼らに祈ることで麦角菌中毒やペストが治癒すると考えられていたためです。
また、辛い思いをしていた患者の慰めになるように、わざと凄惨にキリストの姿を描いたともされています。
ちなみにウンターリンデン美術館があるのは、フランス、アルザス地方のコルマールという街なのですが、
こんな感じのメルヘンチックな場所です。「ハウルの動く城」に出てくる街のモデルとも言われています。
外の景色が可愛いだけに、美術館の作品とのギャップが結構凄いです。
グリューネヴァルト
先ほど、上で「マティアス・グリューネヴァルト」と紹介しましたが、これは本名ではありません。本名は「マティス・ゴートハルト・ナイトハルト(1470頃-1528)」といいます。
あだ名がそのまま紹介される画家ってたまにいますよね。イタリア・ルネサンス期の画家サンドロ・ボッティチェッリの「ボッティチェッリ」も画家の兄が太っていたことから付けられたあだ名で「小さな樽」という意味です。
(兄が太っているからって…本人関係ないじゃんと思いますが…)
ボッティチェッリの場合は本人が生きていたときから呼ばれていたようなあだ名ですが、「グリューネヴァルト」の場合は少し違っていて、後世の著述家が誤って書いてしまったことに由来しています。
この誤りに気が付いたのは、20世紀になってからなので、そのままグリューネヴァルトと呼ばれています。本人も後の時代でこんな風に呼ばれていると知ったらビックリするでしょうね…。
グリューネヴァルトはアルブレヒト・デューラー(1471-1528)と同時代の画家です。
デューラー《四人の使徒》 1526年 油彩、テンペラ H204㎝×W74㎝ ドイツ、ミュンヘン・アルテ・ピナコテーク蔵
同時代人の2人が会ったことがあったかどうかは分かりませんが、結果的に2人が関わることになった作品があります。
ヨープスト・ハーリッヒのコピー《ヘラー祭壇画》17世紀 油彩 H190㎝×W260㎝ ドイツ、フランクフルト、シュテーデル美術研究所所蔵
ドミニコ会のヤーコプ・ヘラーからの注文でデューラーが描いたものに、完成後、グリューネヴァルトが固定翼を付け足しました。残念ながら、オリジナルは1729年の火災で焼失してしまったので、現在では17世紀に制作された忠実なコピーが展示されています。
○○の画家
話は少し脱線しますが、グリューネヴァルトの名前のところで「画家の名前くらいなんで分からないのか?」と思いませんでしたか?
現在とは異なり、この時代の画家の作品にはサインが入っていないものの方がずっと多いという事情があります。画家個人の記録の多くは「税金の納入」や「結婚、葬儀の記録」くらいしか残っていないので、作品と画家の同定が結構難しいのだそうです。
前に紹介した、《子供の遊戯》のピーテル・ブリューゲルもそんな内の1人で公的な記録はあまりありません。
また、初期フランドル派の画家のロベルト・カンピン(1375頃-1444)も同定されるまでは、「フレマールの画家」といった感じで、「場所の名前+画家」という名前が付けられていました。
まだまだ、同定されていない「○○の画家」はたくさんいて、展覧会でもその名前を見ることが出来ます。「知らない画家だから…」なんて言わずにぜひ作品を見てみてください!
聖アントニウスの誘惑
さて、『怖い絵』の中で取り上げられていたのは、第一場面の方なのですが、今回は第三場面の「聖アントニウスの誘惑」をよく見てみたいと思います。
聖アントニウスはアタナシオス(295頃-373)という人が書いた『聖アントニウス伝』という本の中でその生涯が語られています。グリューネヴァルトは13世紀に書かれた聖人伝『黄金伝説』からテーマを取ったそうです。
(『黄金伝説』はよく聖人にまつわる絵画のテーマとして引用されている本です。)
聖アントニウスは、ざっくり言うと、若い頃に両親を失った後、荒野で悪魔からの誘惑に打ち勝ち、修業を行ったという聖人です。このエピソードから聖アントニウスは修道士たちの祖のように考えられています。
悪魔が聖アントニウスの修業を邪魔しようと誘惑するというシーンは2回出てきます。1回目は、美女を使って誘惑をします。しかし、それに聖アントニウスが打ち勝つことが出来たので、2回目は怪物に聖アントニウスを襲わせるのです。第三場面のものはこの2回目の誘惑になります。
「聖アントニウスの誘惑」というテーマの作品だと圧倒的に怪物の襲撃のシーンが選ばれることが多いような気がします。
下の作品はヒエロニムス・ボスの《聖アントニウスの誘惑》です。
1500-1505頃 H135×W190cm 油彩 ポルトガル、リスボン国立美術館蔵
ヒエロニムス・ボスの作品も結構怖いですが、上のグリューネヴァルトの作品も色々な怪物が登場しています。
鳥の体に人間の手が付いたような怪物が斧を振り上げていたり、鹿の角が生えた怪物がこちらを見てみたり…、よくこんなにバリエーション豊かに描けますよね。
私が一番面白いなあと思うのは画面の左下に描かれている怪物です。普通の赤い帽子を被ったおじさんのようにも見えるのですが、なんと下半身が蛙のようになっています!しかも、良く分からない液体が体から流れているようです。他の怪物のように聖アントニウスを襲うわけでもなくひっくり返っています。
コルマールで初めて生で見たとき、あまりにもこの描写が気持ち悪すぎて、その夜に夢でこの怪物にうなされました…。怪物単体の描写が独特というのもありますが、このひっくり返ったポーズによって画面の外まで怪物が迫り出してくるような構図になっているので、うなされる程の衝撃を受けるのだと思います。
画面の中の聖アントニウスの恐怖を追体験することが出来るようになっています。祭壇画というのは日によって開けられる場面が違うのですが、きっと当時の人々もこの第三場面が開けられたときに「気持ち悪い…」と思ったのかなとつい考えてしまいます。
今回は『怖い絵』から選んでみましたが、いかがでしたでしょうか?本の解説でも充分に面白いのですが、コルマールは美術館も外の景色も最高なので、ぜひ訪れてみてくださいね!美味しいアルザス風ピザのタルト・フランベも食べられますよ(^▽^)
次回は、おすすめのアート・ブックを紹介します(o^―^o)
画像はパブリック・ドメインのもの、自分で撮影したものを使用しています。
**********
今回参考にした本、おすすめの本を紹介します!ぜひ、おうち時間に読んでみてください!
今回参考にした本は英語版なのですが、下のリンクはフランス語版のものになります。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?