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(父親 18代目中村勘三郎に対して)「コンプレックスって感じたことがないねぇ」6代目(当代)中村勘九郎 令和2年7月12日放送『ボクらの時代』より

 「勘九郎さんは、どれだけ亡くなったお父様、勘三郎さんに対してコンプレックスを感じていることだろう。」と私は勝手に心配していました。

 それが父親へのコンプレックスはないという。

 勘三郎さんは芝居が上手いのは言うまでもないけど、「平成中村座」-公園で江戸時代の芝居小屋を再現したような芝居小屋を作り歌舞伎を上演したものーのような、実験的な、でも、江戸時代の歌舞伎のスピリットを秘めた公演を行うという、息子世代が親世代に刃向ってやるようなやんちゃなこともやってしまう。息子さんとしては立場がないんじゃないかと思っていました。

 そして、人としても魅力的で素敵な人だった。

 私は一度だけ、お会いしたことがあって、お会いしたといっても、勘三郎さんが奥様の好江さんと七之助さんとともに私の職場に来たことがあり、廊下で声をかけさせてもらっただけなのですが。 

 私が

「鰯売り(三島由紀夫作の歌舞伎『鰯売恋引網』玉三郎さんと御園座での共演)観ました。」と伝えると勘三郎さんは

「観てくれたの!ありがとう!」

と両手を握ってくれたのだ。

 私は廊下で待ち伏せしてただけで、仕事に関係していたわけではないし、見た目も不細工で、当時若いという歳でもなかった。

 そんなどうってことのない、路傍の石のような存在の私にも心からの言葉をかけてくれる。これは、周りにいる人、みんな勘三郎さんのことを好きになってしまうだろうなぁと思ったものである。

 こんな素敵なお父様をもったら、同じ歌舞伎役者としてつらいだろうなぁ、七之助さんは女形だからまだしも。と当然のように思っていました。

七之助さんと勘九郎さんの発言で合点がいきました。

七之助「(歌舞伎役者は)あの時の、何年前の、なんとかさんのあれはよかったんですよ。という役をやるんですよ。」

勘九郎「僕らは生まれた頃から先人たちと比べられながらという生き方してたんで」

 比較されるのは、過去の名優達。それも多分、実際以上に観た人の記憶の中で美化されたもの。父親と比べられるどころではないのだ。

 また、父親へのコンプレックスがないというのは、歌舞伎役者は一役者でありながら、歌舞伎という何百年と続く歴史の中で芸を継承し、次世代に伝えてゆく個人を超えたような存在を併せ持っているからなのでしょう。

 もしかしたら、私たちも個人という気持ちと共に、家系や社会の中の流れの中の一人、という気持ちを持って生きると変なコンプレックスに悩まされることがないかもしれません。

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