【life/エッセイ⑤】心地よい日々を求めて〜岡山への移住〜
出口が見えない道を、毎日毎日歩いて、
そして、ゴールのない問題に対して、必死に答えを出そうと自問自答を繰り返していた夜があった。
「明けない夜はない。」という言葉を、ただただ信じて。
でも、四六時中考えても、四六時中悩んでも
何も変わらなかった。
そんなふうに生き方に悩んでいた約1年前、自分と対峙する「余白の時間」を求め、わたしは旅に出た。
その旅先は、岡山県倉敷市児島。
この旅が何になるのかなんて、全くわからなかったけれど、
心が「旅をして。」と、伝えてきていたから、わたしはその微かな声に耳を傾けて旅をすることにした。
たった1人で。一眼レフと、万年筆、手帳を携えて。
こうしてわたしは、瀬戸内海のすぐそばの宿で、ふわふわとした穏やかな日々を送った。
そして、たくさんの優しい人々と出会って、
自分が知らなかった生き方を知った。
大都会で満員電車に乗り、毎晩遅くまで働くというわたしのOL生活とは180°違う生活が、その地での日常であった。
同じ世界のはずなのに、別世界がそこには広がっていた。
その後わたしは、とりあえず何も考えず、自分の心に素直に、自分に優しくする「空白の時間」を人生に作った。
考えたいときは、1日中将来のことを思い巡らせてみたり。
ゆっくり起きたいときには、目覚ましをかけずに起きてみたり。
旅に出たくなったら、キャリーケースを片手に好きな土地に足を踏み入れてみたり。
心惹かれる木漏れ日を見つけたときには、カメラのシャッターをきってみたり。
心の赴くままに、時間を使ってみた。
そんな過去が繋がり、今わたしは、岡山に住んでいる。
「点と点が繋がって、線になった。」
そのときの旅先での出会いが、わたしを岡山生活へと導いてくれたのだった。
瀬戸内海をぼーっと眺めていると、ふと過去の記憶が蘇ってくる。
あの日、あのとき、あの場所で、自分が残した「足跡」が、今のわたしの暮らしをつくってくれた。
人生に、意味のないページなんて、存在しないんだって。
そんなことを考えながら、今日もわたしは、瀬戸内海にひっそりと佇む、おにぎりのような、まるっとした島を眺めて、自転車を漕いでいる。