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トー横と規範

 TOHOシネマズで映画を観た帰りに歌舞伎町の通りを歩いていると、段々人通りが増えていって、アパホテルの前の開けたところが随分にぎやかになっていた。

 私は生まれてこのかたずっと優等生だったので、不良のような青年たちがうわぁとかひゃあとか声をあげている様子を見るのも恐ろしく、足早に遠ざかりたかったのだけれども、友人とそのあたりで待ち合わせをしていたので、仕方なく壁沿いに立って、青少年による急な襲撃などが行われても背中の大血管が損傷を受けないように注意しながら友人を待った。

 しかし、改めてみると広場にひろがっている人々にもいろいろいて、白と黒を基調としたふりふりの格好をした女子が若干多いような気もしたが、単にTシャツ姿の人や、なぜここにいるのか全く意味の分からないおっさんなども混じっており、バラエティに富んでいた。このあたりを「トー横界隈」などと称して家出の子らが集まっていると紹介している番組を見たのでそういう青少年ばかりかと思っていたが、案外そうでもなさそうだった。

 髪の毛を色とりどりにして、さらさらの髪をした、よく東京ディズニーランドなどに男だけ四人とかで遊びにきて、ときどきナンパなどをしている偽BTSないしは偽ENHYPENみたいな人たちが大声をあげて周囲の気を引いていた。彼らのうちの一人が、「フォオオオオゥ」と奇声をあげて頭からストロング缶を浴びていて、それをみた別の一人が「サイコパスかよ!」とつっこんで笑っていたので驚いた。

 なにに驚いたか。別に「フォオオオオゥ」と高い声をあげて頭から焼酎を浴びることに驚いたわけではない。そのくらいのことはしばしば誰でもしている。私が驚愕したのは、彼らのような青少年が「サイコパス」と言う言葉を知っていたということである。

 もちろん見た目で人を決めつけてはいけないので、あの偽BTSの人たちが実は大学院博士課程で心理学の研究をしている可能性も否定できないわけだが、まあたぶん違うとして、サイコパスという心理学用語が、ここまで人口に膾炙していることに驚いたのである。

 サイコパス、というのはざっくりいえば反社会性パーソナリティ障害などと日本語で言うことができるかもしれないが、パーソナリティ障害の一種である。そもそもパーソナリティ障害とはなにか?と言われると意外に答えるのが難しいのだが、まあ性格の偏りが病的に高じているものと簡単に説明してしまいたい。

 そのパーソナリティ障害のなかでも、特に、反社会性が強いサブタイプをもったクラスタがときにサイコパス(反社会性パーソナリティ)などと呼ばれるわけだが、彼らの特徴はその名のとおり「反社会性」である。よくいわれるのは自らの利益のために他人を犠牲にすることを厭わないという特徴であって、サイコパス診断などといってインスタの虫眼鏡のアイコンを押すと出てくるような投稿には「ほしいバッグがあったときに、店に買いにいくよりもそれを持っている人から盗んだほうが早いと思ったら厭わず盗む」みたいな極悪非道な人が紹介されているのだが、まあそういうことである。

 つまりこの人たちには「規範」がなく、社会のルールより個人のルールが優先されるわけだが、反対に規範がありすぎるパーソナリティのサブタイプというのもあって、誰にも強要されていないのに毎日職場には始業2時間前にはきていないといけないと強く思っていたり、このくらいの仕事はこっちでやっておくから早く帰って寝ろと上司に言われても「いや、ここまではどうしてもやらないといけないのです」と勝手に残業をし続けている人などである。こういう人は社会の規範がすでに個人と渾然一体となっており、内面化された社会や共同体のルールを過剰に守らないといけなくなっているので結構しんどいと思う。

 じゃあ翻ってこのトー横界隈にいる青少年たちは偽BTSも含めみんな規範がないから夜にこんなところに来て騒いでいるのかというとそういうわけでもなく、それぞれに事情があるらしい。夜の歌舞伎町にいるということと、規範がないということはあまり関係なさそうである。

 偽BTSたちの様子を観察していると、ひとしきりふりふりの格好をした女子たちと車座になってわいわいやったあと、ゴミを拾ってどこかへ移動しており、内面化された規範が発動する様を目の前でみた。

 直後、「おまたせ〜」と友人がやってきて、夕食を一緒にしようということになって歌舞伎町を再び歩き始めたのだが、どういう文脈か、友人がポケットから紙のようなものを取り出して匂いを嗅ぎ、「くせっ」といって路上にいきなりそれを捨てた。ゴミはひらひらと歌舞伎町を舞って、アパホテルの方角へ飛んでいった。

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 なんの気の迷いか、noteを始めてしまった。いま執筆中の書籍について考えをまとめてみようと思ったからである。不定期に書いていこうと思うので、もしよければぜひフォローしてくださると嬉しいです。



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