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【句集紹介】遍照 阿波野青畝句集を読んで

・紹介

山又山山桜又山桜。俳句を始めたころ、この句を知って受けた衝撃を今でも覚えている。山と又と桜しか使っていない。それでいて口当たりもよく、愛唱性に優れ、何より文字に起こしても楽しい。まるで子供たちの落書きであるかのような軽さ。目を閉じれば、山々の中に、山桜が咲いている風景が浮かび、句を視認すれば、まるでヒエログリフであるかのような文字列の美しさに感嘆さえする。

上記の句の作者は阿波野青畝。昭和初期のホトトギスの4S(他に山口誓子、高野素十、水原秋櫻子がいる。名前をアルファベット表記すると全員Sからはじまることから。4Sと称された)の一人として活躍をした俳人である。作風はとにかく軽い。どんな重い題材でもさらりと詠みあげる。俳諧味、ユーモア感覚に優れ、小生は小林一茶再来と密かに思っている。

今回紹介する句集は、青畝が晩年、「火」をテーマに自選した304句を収めた句集になる。先の記事で小生は野見山朱鳥の「朱」という句集を紹介したが、あの句集もテーマは火であった。野見山朱鳥の火は、まさしく火であり、燃える、そして熱い、生への情熱を感じるような火である。一方の青畝の火には、そこまでの熱量を感じない。むしろ火を少し離れたところから観察していて、熱さは感じず、そして、耳をすませばどこからか、微かに水の流れる音が聞こえてくるかのような、そんな火である。これは、野見山朱鳥の火は一元的で、火が主役であるが、青畝の火は二元的である、なにかと並び立つように設計されているからなのだろう。山又山山桜又山桜が山と山桜の対比の中で生まれたように、青畝の火は、常に何かと比較され、そして火の実態を描き出す。

百聞は一見に如かず。小生の厳選10句を読んでいただこう。興味のある方は是非ご一読ください。

・厳選10句

遠蚊火に見ゆる二人のやさしさよ

野に出でてどこかにはある畦火かな

ともしびの中へひたすら柳ちる

居酒屋の灯に佇める雪だるま

時刻来てともる燈台冬の雲

わが松明を消せばあなたの夜振の火

ゐのししの鍋のせ炎おさへつけ

もろもろの仏を森に奈良山火

灯る坊除闇遍照青葉木菟

火焔仏見るごとく菊焚かれけり

・作者略歴

阿波野青畝。本名は敏雄。明治32年奈良県生。難聴に挫けず、句作をしホトトギスの4Sとして名を馳せるまでになる。「かつらぎ」名誉主宰。第7回蛇笏賞受賞。平成4年永眠。享年93。

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亀山こうき/俳句の水先案内人
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