【小説】惰性で生きる
自由な世界を夢みて、育った。
成長するうちに人の汚さを知った。教育を受け、枷を背負った。今は惰性で生きている。
大学生はふたつに分かれる。ただ、淡々と授業を受けに行くもの。学校に来ないで外で遊んでいるもの。
私には遊びに出る勇気はなかった。大学に行き授業を受け、家に帰る日々。何も無い虚無を感じでいた。
ある日、私は大学の帰り道に寄ってみたのだ。いつもとは違う道を歩いてみようと思った。すると古ぼけた本屋があった。看板には〈古書店〉と書いてある。店の中には本がびっしりと並んでいる。私は店内に入った。
レジには店主らしき老人が座っていた。白髪混じりの頭。髭を伸ばしている。彼は私のほうを見ず、黙って本を読んでいる。私は店内を見て回った。どれも古そうな本ばかりだ。一冊を手に取り、中を開いてみる。しかし文字は読めなかった。外国語だったようだ。
ふいに店主が言った。
〈何かお探しですか?〉
日本語だった。彼の言葉を聞きながら私は考えた。何を探せばいいのか分からない。この店で買う物なんて無いだろう。そう思ったが口にした。
〈いえ……別に何も〉
すると彼は顔を上げ、微笑んだ。
〈どんなことでも構いませんよ。探し物は見つかりますから〉
不思議な人だと私は感じた。まるで魔法使いのようなことを言う。しかし不思議と惹かれるものを感じた。
私は学校の帰りに偶に通うようになった。数分だけの日もあれば数時間滞在することもあった。
店主は嫌な顔ひとつせず、私を出迎えてくれた。
ある時、私は聞いてみた。
なぜこんな店をやっているんですか?
店主は少し考えて答えた。
〈特に理由はないですねぇ〉
それを聞いて納得した。確かに理由は無いだろう。でも、だからこそ気楽なのだと感じた。私にとって居心地の良い空間だった。
それから半年後。その日も私は店にいた。いつものように椅子に座って本を読む。店主は奥の部屋にいるらしく姿は無かった。その時、私は思い付いたように聞いた。
〈あなたの名前を教えてください〉
初めて会った時に聞けば良かったのだが、忘れていた。しばらくして店主が戻ってきた。手には紙を持っていた。それをカウンターに置く。そこには名前が書かれていた。
〈これはあなたの名刺ですよ〉
そう言って笑った。私は自分の名前を書いた。そして店主にも書いた。彼の名前は〈大城卓郎〉といった。
それからというもの、私は毎日のように通った。講義の無い時間は店の手伝いをしたりして過ごした。店主はよく冗談を言う人だった。
〈いつか店を畳んでどこか遠くへ行こうと思ってるんですよ〉
彼はよくそんなことを言っていた。私は彼に尋ねたことがある。
どうして旅をするんですか?
店主は言った。
〈世界は広いんです 世界を見ないと自分のことをしれないでしょう〉
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