初めまして、私は現在大学生です。 これから、好きなこと気になることを綴ったりAIを使った簡単な創作を投稿しようと思います。 どこにでもいる少し好奇心旺盛な大学生の書き散らしですが、よろしくお願いします。 【追記】 最近は自分で1から文章を書くようになりました、執筆が上手くいかない時もありますが楽しく書いています。 もう少し私について深堀をしたいと思います。 自己紹介と言えば、まずは趣味でしょう。 私の趣味は端的に言えばモノづくりです。例えば、料理や手芸、いわゆるDIYの様
生きている価値もない。くだらない。そう思いながら、それでも毎日学校に通っていたのは、やはり優等生でいたいからだった。勉強だけはきちんとしていれば、先生に褒められるし、親にも喜んでもらえる。だから学校では、いつも真面目な優等生でいたかったのだ。 でも、それは本当の私なのだろうか。 何となく憂鬱に感じる今日この頃。イヤホンを付け、帰路に着く。季節は春。桜が咲き乱れ、多くの人が花見へと訪れている。 夜半過ぎになると提灯が桜をぼうぼうと照らしているというのに、人っ子一人いなかった。
私が海を恐れるようになったのはいつの頃だろうか。 ハッキリと恐怖を感じたのは4歳の頃。当時通っていた幼稚園の遠足で水族館を訪れた時だろう。先に行った友達を追いかけ薄暗い通路を抜けると、ふと横を見ると自分の身長を遥かに超えた生物が蠢いていた。私の3倍はありそうなその体躯はもちろんの事、水槽のライトの色、壁に生えた水草まで鮮明に覚えている。 親に話を聞くとそれよりも前、まだ幼児だったころから私は海を怖がっていたのだという。祖父の家の近くには海水浴場があり、夏になると海によく赴
日本という国は八百万の神がいると言われています。 私たち日本人は神の存在を意識せずに暮らしていますが、必ずそこに居るのです。 初詣、節分、バレンタイン、イースター、七夕、お盆、七五三にクリスマス。行事の殆どが宗教と結びつき、存在しています。 一神教のキリスト教を抵抗なく受け入れられたのも多くの神を思う日本だからなのでしょうか。 私は幼い頃から神様を信じています。神様は天国から私を見ていて、神社に行くと会えるという混沌とした感覚を持ち暮らしています。教会で祈ることがあれば、社
今日こそ、真実を確かめないといけない。そう思いながらも、1人では確認できなかった。 最近、誰かに見られてる気がする。何となく視線を感じるというか、なんか嫌な感じ。 特に根拠とかはなかったけれど、昨日家に帰った時に確信に変わった。今日の朝、俺は急いで学校へ向かった。だから、朝ごはんを食べる余裕がなくて家にあった紙パックを飲みながら準備してたんだ。 そのゴミはゴミ箱に入れたはず。なのに無くなっている。よく考えてみると、テレビのリモコンの位置も移動しているような気がする。 誰か
逃げなければ。早くここからこの子と逃げないと。私は子供の手を引いて電車に乗る。実家も知られている。親のところには行けない。 どこへ行こう。とにかく遠くへ。 「ママ、お腹空いた」 子供が言う。私は何も食べていないし飲んでいない。でももうそんなことはどうでもいい。 駅を出てタクシーを拾う。行き先を告げると運転手が眉間にシワを寄せた。 私は構わずに言った。 ここです、ここに連れて行ってください。 そして私は学生時代を過ごした京都に来た。 それから何日か経った。 子供は私のベッド
あなたの心が離れる音がした。 私たちは子供だった。小さな教室が私たちの世界で、その中で出会った。ずっと一緒だと思った。 心配性の私はあなたに頼ることが出来なかった。もしも頼って断られたら、嫌われたらと思うと何も出来てなかった。隣であなたを見つめていた。今思うとそんな遠慮のある関係がダメだったんだろうね。 大学生になると世界は広がった。いや、視界が広がったのだと思う。自分で選択できるようになり、好きな事ができるようになった。夜遅くまでお酒を飲めるようになった。旅行に気軽に行
「あそこ嫌な感じするんだよな」 父は言った。帰り道にある公衆ボックス。 くらい中ぽつんと光を放ったいかにも古いそれはどこか異質な雰囲気を持っていた。 「そうだね、でもあっちの方が嫌な感じするよ」 私はそう言って指さした。私が通う小学校は坂の上にあるため、少し下る形になる。そしてその途中には長い階段があった。私は階段を通らないから下に何があるか知らない。 その階段の下の方は真っ暗で何も見えない。ただただ暗い闇が広がっている。 私はあの階段を見る度に何かに呼ばれているようなそ
この季節になると思い出す。 数年前のこの頃、おじさんが亡くなった。私にとって初めての身近な人の死だった。今でも仏壇の部屋に横たわる姿が目に浮かぶ。私たちと変わらないようでいて、絶対的な隔たりがある。 三回忌の集まりがあった。私にはあまりよく分からないけれど、おばさんや両親たちが準備している。この地域ではおこわに黒豆を混ぜたものを食べる。お線香をあげに来てくれた方にお皿に多すぎ無い程度のおこわとお茶を用意しもてなすのだ。 私はお茶くみ係をしていた。他に役に立てることもないか
私は現在、主婦をしています。可愛い子供に囲まれて、優しい夫と共に幸せに暮らしています。 そんな私ですが、小さい頃は家を転々としていました。 いわゆるDVを父に受け、母は私を連れ家を飛び出しました。ひとつの所に留まれば、父に見つかるかもしれない。そんな思いから、各地を転々していました。私たちには頼れる人はいませんでした。 母は永住権を持っていましたが、長くそこに留まれないため仕事もままなりません。 引っ越すにはお金がかかります。そこで、事故物件に住むようにしていました
自由な世界を夢みて、育った。 成長するうちに人の汚さを知った。教育を受け、枷を背負った。今は惰性で生きている。 大学生はふたつに分かれる。ただ、淡々と授業を受けに行くもの。学校に来ないで外で遊んでいるもの。 私には遊びに出る勇気はなかった。大学に行き授業を受け、家に帰る日々。何も無い虚無を感じでいた。 ある日、私は大学の帰り道に寄ってみたのだ。いつもとは違う道を歩いてみようと思った。すると古ぼけた本屋があった。看板には〈古書店〉と書いてある。店の中には本がびっしりと並んで
吾輩は猫である。 名前はまだない。 ここがどこかとんと見当けんとうがつかぬ。 覚えているのはガリガリという音と浮遊感、そして真っ暗な水の底。あぁ、吾輩は溺れ死んだのか。 ここはあの世。極楽か。何も無い道を歩く。南無阿弥陀仏はこの世の感謝を述べる念仏だ。 あの男は今頃、吾輩が死んだことに気がついているだろうか。いや、気がついていないかもしれない。 あいつはいつもそうだ。 自分の思い通りにならないとすぐに怒る。だから吾輩も嫌いだ。しかし、それ以上にあいつが大嫌いなのはあいつ
久しぶりに会うと人は変わるものだと思う。 たった数年でも人は変わる。成人を迎えた今年、高校の同級生と集まった。100人ほど集まって知り合いを探す。 会場に入るとやはり女子と男子は分かれて立っていた。知り合いの女の子に話しかける。 「久しぶりー!」 「え、葵じゃん久しぶり。そこ服めっちゃ可愛い!!」 女子特有の話をしながらその時を待つ。気がつくと全員にシャンパンが配られていた。 「皆さん前をご覧下さい」 同窓会が始まった。 みんなが思い思いに歩きだす。友達に話しかける子、料
眠気の先にはなにがあるのだろうか。 そんなことを考えているうちに、僕は眠りについてしまった。 そしてまた夢を見た。 真っ暗な場所を歩いている夢だった。 どこまでも続く暗闇の中をひとりで歩いていた。 自分がどこにいるのかわからないし、そもそも前に向かって進んでいるかもわからなかった。 ただ、足が勝手に動いていたのだ。 しばらくすると、前方に光が見えてきた。 その光があまりにも眩しくて、思わず目を細めた。 少しずつ目が慣れてきて、ようやくそれが人影だということがわかった。 それは
「貧しい家に生まれたチルチルとミチルは、いつも近所のお金持ちの家のことをうらやましく思っていました。 ある日魔法使いのおばあさんから青い鳥を探すように頼まれ、探し出しますが青い鳥は見つかりません。 青い鳥を見つけるため、冒険の旅に出ることとなりました。」 幸せのモチーフには鳥が使われている。青い鳥や幸せを運ぶハト。鳥は幸せにしてくれるのだろうか。 不吉と言われるカラスもエジプトでもカラスは“太陽の鳥”と呼ばれている。 私の学校は川の近くにある。いつもカモを見ながら登校
「『悪いことはしてはいけません。そして、もし、何かで失敗しても、 その失敗を糧にして次に成功すればいいのです。どんなにつらいことがあっても、その辛さを乗り越えれば、きっと幸せになれるはずですから。』」 「…………」 「『この世には、神様が与えてくださった試練というものがあります。それは、あなたにとって乗り越えるのが困難なものかもしれませんし、あるいは簡単なものなのかもしれません。でも、たとえどのような試練であったとしても、それは決して無駄にはならないでしょう。なぜなら、それが