【小説】玄関
この季節になると思い出す。
数年前のこの頃、おじさんが亡くなった。私にとって初めての身近な人の死だった。今でも仏壇の部屋に横たわる姿が目に浮かぶ。私たちと変わらないようでいて、絶対的な隔たりがある。
三回忌の集まりがあった。私にはあまりよく分からないけれど、おばさんや両親たちが準備している。この地域ではおこわに黒豆を混ぜたものを食べる。お線香をあげに来てくれた方にお皿に多すぎ無い程度のおこわとお茶を用意しもてなすのだ。
私はお茶くみ係をしていた。他に役に立てることもないから、お客さんが来たらすぐに立ってお茶を運ぶ。
それは夕方頃まで続いた。その晩、夜遅く家族で集まり茶の間でテレビを見ていると。
「ごめんくださーい」
と声が聞こえてきた。女の人の声だった。間違えなく聞こえた。振り返ると、真っ暗な仏壇の間がぼんやりと見える。
隣に座る母に聞く。
「こんな時間に誰だろう」
「なにが?」
「何がって、今ごめんくださーいって聞こえたよ」
母はありえないとでも言いたいような顔で私を見た。
「今何時だと思ってるの?22時過ぎてるよ。誰も来ないでしょ」
時計を見る。長針は3を少しすぎたくらいだ。確かにこんな時間に誰か来るはずがない。
「でも聞こえたよ。」
私はそう言いたかった。でも言えなかった。だって、おばさんやおじさんと仲の良かった人達の前でこんな事言えない。
私の気の所為だと思うことにした。もう一度振り返る。真っ暗な仏間の先、きっと誰かが立っている。家に上がるのを待っている。気が付かないふりをする。
テレビの音がやけに大きく聞こえる。心臓の音が大きくなっていく。怖い。どうしよう。早く帰って欲しい。お願いだから帰ってくれ。頭の中で繰り返す。
でも足音はしない。もう、嫌だ。耐えられない。
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