【雑文】カンボジアの観光業の現状と展望
カンボジア国立銀行や国際機関などによると、カンボジアの今年の経済成長率は約5.8%と予測されており、好調な観光業がその牽引役の1つだと言われています。また、観光省によると、2024年上半期にカンボジアを訪れた外国人観光客は約260万人で、前年比22%増と発表されています。
報道や発表では好況なのに、不況な実感との乖離
カンボジアでは前年度比何%増といった景気の良い報道を多く目にします。しかし観光地であるシェムリアップに住んでいる身として、そのような実感は全くありません。
観光省の統計上「外国人観光客」の数として発表されているのは、実は「外国人入国者」数です。入国者の約60%は国境を接している近隣諸国(タイ、ベトナム、ラオス)からで、その大半は陸路での国境やその付近にあるカジノへの往来であり、一般的な観光との実態との乖離があると思われます。
統計を利用したグラフでの分析は以前の記事を参照ください。
カンボジアに来る観光客の大半は世界遺産であるアンコール遺跡を観光する為、遺跡入場券の販売数は観光客の実数を最も反映していると見られますが、その数はパンデミック直前の2019年と比較すると、いまだに約60%減少しています。
観光業の回復を阻む要因は何か?
カンボジアの観光業の回復を阻む要因は、観光ビザの存在や高額な料金、都市が限定される直行便、不充分なマーケティング、最近ではオンライン詐欺や誘拐による悪印象や遠くなった新空港など多岐にわたり、それらの複合要因が近隣諸国と比較して、コロナ後に回復しない原因となっていると思われます。
観光省によると、コロナの影響を受けて国内のツアーオペレーターや旅行代理店31社が閉鎖しています。アンコール遺跡の観光拠点であるシェムリアップでは、サービス部門の多数の企業や店が依然として閉鎖されたままです。戦争、世界経済、観光客の減少により状況は更に悪化し、私の身の回りでも観光業に従事する多くの人々が他の仕事を選ぶか、プノンペンなど他の地域に移住をしています。
政府の対策
昨年と比較すると1月から3月は回復傾向にあったですが、今年の4月からはシェムリアップ空港利用数が顕著な減少傾向を示しています。その原因は明確にはされていません。
そのような観光業の厳しい状況を受けて、フン・マネット首相は7月にシェムリアップ市内のオールドマーケットとパブストリートをお忍びで訪問し、自らの目で市民と会話をしながら現状を視察しました。首相は帽子とマスクを着けて通りを歩き、立ち止まって土産物屋や観光客、レストランのスタッフと話をしています。
視察から数時間後、首相は近隣国の主要観光地とシェムリアップ間の直行便を増やすこと、また閑散期の空港使用料を引き下げる必要があることについてコメントし、その後も観光を回復させる様々な施策が発表されています。
観光業に限定して付加価値税と所得税を除く税の免税措置を2025年6月末まで延長するとしたほか、観光業を支援するため中小企業銀行が5000万ドの融資枠を設定しました。また観光省は、観光ガイドのライセンス更新手数料も2024年末まで免除としました。
観光客の利便性では、汚損したドル札の両替を銀行に義務付けることで、「他の国で使えるドル札がカンボジアでは受け取りを拒否される」との観光客から多かった不満にも対処することになりました。
また、観光客向けアプリ「バコンツーリスト」を導入し、カンボジアで銀行口座の無い観光客もQRコード決済が使用できるようになりました。カンボジアではPOSが55,000機、ATMは5,600台しか普及していません。一方QRコードは全国で普及し330万箇所での支払いが可能となります。
アンコール遺跡についても改善がなされています。政府の決定を受け、遺跡保護機構は遺跡を観光できる時間を延長しました。従来よりも長い時間の観光が可能になります。
また、外国人のアンコール遺跡入場券購入は、10月よりパスポート写真を免除するとのことです。チケットセンターで直接購入する場合、現時点でもパスポート提示は必要なく、顔写真もその場で撮影してくれるのでさほどの改善とは思えませんが、以下の書類でも記載の通り、来年を目処に、より簡略で利便性の高い改善を計画しています。
首相によるトップダウンの指示も含めて様々な施策が打ち出されており、観光業関係者からもさらなる施策について政府への期待が聞こえてきます。今後も官民協力しての観光業の回復に向けての努力が期待されます。
富裕層は戻ってきたが、そもそも隣国と比較すると少ない観光客
観光業全体としては回復が遅れているカンボジアですが、ラッフルズやソフィテルなどの高級ホテルはオフシーズンである現在も好調です。富裕層の観光は戻ってきているのですが、多数を占める一般的な観光客はタイやベトナムと異なり、回復が鈍化しているのです。
近隣国と同様に、カンボジアのパンデミック前の観光客の急増は、主に中国人観光客によるものでした。2019年に中国人観光業客(実際には入国数)は240万人で、海外からの観光客(実際には入国数)660万人の約3分の1を占めていました。しかしその年にタイは1150万人、ベトナムは580万人の中国人を迎えています。在任中にトン・コン前観光大臣は、2023年にカンボジアを訪れる中国人観光客が100万人に達すると予測していましたが、実際の数字は45%下回り、しかもそのうち4分の3は観光客ではなくビジネス客だったと推測されています。
昨年タイを訪れた外国人は2020万人、そのうち中国人は350万人でした。今年1月から5月までは1480万人のうち290万人が中国人でした。
それと比較して今年の1-5月にカンボジアを訪れたのは264万人、そのうち観光は204万人です。中国人は32万6003人ですが、観光は92122人だけでビジネスが232225人と、他国籍と比較して異常な数値になっています。隣国と比較するとカンボジアの数値は低く、今後の観光客誘致の潜在的可能性が期待されます。
安全への懸念
シアヌークビルにおける不動産バブルは崩壊し、建設途中の多数のゴーストビルが残されています。また、オンライン詐欺や人身売買の拠点であることも世界的に注目を浴びています。こういった犯罪は、シアヌークビルだけに留まらず、カンボジア全土において行われていることが報道されており、このような状況も観光業への逆風となっていると思われます。
現地紙キリポスト報道によると、9月4日に行われた日本カンボジア官民合同会議においても、オンライン詐欺や人身売買などの事件が多発しており、日本からの投資にも影響しかねず懸念しているとの表明が、日本側からなされた模様です。
昨年中国で公開された映画『孤注一擲(No More Bets』は、中国人が誘拐されオンライン詐欺を強要されるストーリーで、拷問、殺人、監禁といった描写がありました。この映画は2023年興行収入第3位、38億5113万元(約800億円)の大ヒット作となりました。中国人誰もが知るこの映画の影響で、中国人観光客がカンボジアを避ける流れができたと言われています。中国当局の承認を受けて制作、上映されたこの作品からも、中国政府がオンライン詐欺や人身売買の状況を懸念していることが窺えます。
前述のように、観光のみならず投資など様々な分野に影響しかねないこの問題への早急な対処が期待されます。
近隣国との競争と回復の速効薬は?
中国の投資による昨年10月の新空港への移転で、シェムリアップ市街から遠く離れたことによる交通の不便が取り沙汰されています。また、新空港へ乗り入れしている航空会社は移転前よりも限定されており、就航会社、就航都市を増やすべく政府も努力しているようです。
しかし、そういった問題より遥かに大きく気になるのは観光ビザの存在です。隣国タイは先進国を中心に短期観光のビザを免除しています。また、今年に入り日本人などに対して滞在期間を30日から60日に延長し、観光客のロングステイを誘致しています。またベトナムも同様に、先進国を中心に短期観光のビザを免除しており、30日以内に複数回入国することを禁ずる規定も最近になって撤廃しました。これはまさに、ベトナムを経由して、カンボジアに観光する人を取り込むことにもつながります。ベトナム経由での観光客が多い現在、欧米からのツアーの多くがベトナムとカンボジアをセットにしたものと言われています。このような状況を改善するためにも、多数の国への直行便の就航が期待されます。
現地紙キリポスト報道によると、昨年エアアジアによって行われた調査では、ビザ免除によりカンボジアの観光客数は少なくとも10パーセント増加し、訪問者は1日あたり15ドル余分に使うと推測され、国民総所得にとってより好ましいトレードオフであるとの結果が出たようです。政府はビザ免除やプロモーションインセンティブによる「損失」を、飲食やホテルへの「間接支出」を通じて補うことができ、その費用は税務総局によって徴収されることになります。
報道によれば、経済財政省は年間約2億ドルの収入があるためにビザを維持することに固執していると言われています。付加価値税の徴収やその他の間接税を通じて乗数効果を達成し、観光産業を復活させるという「全体像」を見失っていると考える人もいます。近隣国において短期観光客に対するビザ免除を実施していないのは、カンボジアとミャンマーのみとなりました。
近隣との競争強化のためにも、対象国を限定した観光ビザの免除による、強力な観光促進戦略を期待したいと思います。